第3話 もう絶対恋愛しない同盟
夕陽が地平線の向こうへ半分ほど沈んだ。
「……」
俺はそのようす土手の石段に膝を抱えて座りながら、凪のような心でぼーっと眺める。
追いかけてくる先輩からひたすら逃げ回り、隙を見て学校から脱出。学校のお隣の工場地帯を抜け、県道を跨ぐ歩道橋を駆けあがり――土手に辿り着いた。
運動部が「いち、に、そーれ」と土手を集団で走り、時折「ちゃりんちゃりん」と自転車が通り過ぎる。
河川を跨ぐ橋では車走り、事故でもあったのかクラクションの音がこちらに幾度となく響く。
正直、失恋した男子高校生が1人で黄昏れるには、やや賑やかな場所だ。だが、今はその賑やかさがかえって救いになっているとも言える。
静かな場所でじっとしてたら、首輪を持ってハイライトのない瞳のまま追いかけてくる先輩の姿が、脳裏にちらつくから。
「はぁ……」
「はぁ……」
ふと、誰かとため息のタイミングがかぶった。反射的に隣へ目を向ける。すると、俺の隣で膝を抱えて石段に座る女子生徒がいた。
「「あ」」
というか、告白ダブルブッキングした時のイケ女だった。
「「……」」
無言で見つめ合うこと数秒。なんとなくお互いの状況を察して、俺たちは再び「はぁ……」と同時にため息を吐いた。
「そのようすだと、そっちもうまくいかなかったんだな」
「”も”というと、君もかな?」
彼女の問いに、苦笑を返しておく。
「告白、うまくいかなかったのか?」
「そういう君は? 振られたのかい?」
「いや……説明するのが難しいんだが、ひと言で言うなら首輪をつけられそうになったんだ」
「ごめん、どういう状況?」
俺にも分からない。
とりあえず、なにがあったのか話してみた。
「まあ、そんなわけでだ。先輩は、俺が思っていたような人じゃなかったんだ」
「……」
「理想を勝手に押し付けて、思っていたのと違ったことに落胆して……なんというか自分ってこんなに愚かだったんだなぁと思うと、無性に泣きたくなってくる」
先輩は悪くない。本質を見ようとしなかった俺に落ち度がある。
「いや、さすがに先輩が悪いと思うよ? いやがってるのに無理矢理首輪をつけようとしてきたんでしょ? 君、自責思考すぎじゃない?」
イケ女は呆れた顔でそう言った。
「そうかなぁ」
「そうだよ。理想を押し付けていた……という部分は、たしかに反省の余地があるだろうけれど。それをいうなら、ボクも一緒だからね」
「一緒?」
「ボクも……好きな人が思っていた人と違ったんだ……」
「えーっと、どんなんだったか聞いてもいいか?」
「……話を聞いてくれるのかい?」
「俺の話を聞いてもらったお礼だ。任せろ。相槌を打つのは得意なんだ」
「あ、本当に話を聞いてくれるだけのタイプだ」
「うんうん、そうだね……うんうん、分かる! 分かるなぁ!」
「出た。話をちゃんと聞いてるか分からないタイプの相槌」
「どうだ?」
「うん、下手だね」
閑話休題。
イケ女は遠い目で沈んでいく夕陽を眺めながら、ぽつぽつと語り出す。
「ボクは可愛い人が好きなんだ。ボクが好きになった人は、3年生の先輩。年上なのに、小柄で線が細くて、どことなく頼りない人なんだ。思わず守りたくなる人……と言えば、伝わるかな?」
庇護欲をそそる人だったんだな。
「ただ、ボクってあまり男の人に好かれることってないからさ。なかなか告白する勇気というか、自信が持てなくてね。けれど、先輩はこんなボクのことを……可愛い可愛いって言ってくれて。ボクはどんどん先輩を好きになった」
「……」
好きになって、時間を積み重ねていくごとに、相手への気持ちが日に日に膨れ上がる。その感覚は、俺にも覚えがあった。だから黙って、「うんうん」と頷く。
イケ女は「やっぱり相槌下手だよ」と、余計なちゃちゃを入れながら続ける。
「屋上で君と別れた後、ボクは先輩に告白した。その時、先輩のようすが変わったんだ」
「流れ変わったんだな」
「で、分かったんだけどさ。先輩、6股してたんだ」
「ろ……え?」
「ハーレムを作って、たくさんの女の子を囲ってたんだ」
「嘘だろ」
「マジマジ」
俺も屋上でちらっと見ただけだったが、とてもそんな風に見えなかった。可愛い顔して、なかなかやり手らしい。
「それで先輩、ボクの告白を聞いてこう言ったんだ。『嬉しいよ! じゃあ、君もハーレムに入れてあげるね!』って……」
「うわぁ」
ハーレム王にでもなりたいだろうか。
「可愛いウサギちゃんだと思ったら、ウサギの皮をかぶったライオンだったんだ。もう横から鈍器で殴られたような衝撃を受けたね……」
「そりゃあ衝撃だろうな」
清楚系黒髪美少女が、経験人数3ケタだったくらいの衝撃だろうな。
「信じていたものが粉々に砕け散った気分だよ。ボクは一体、先輩のなにを見ていたのか。ボクの好きだった先輩は、全部まやかしだった。こうして、ボクは幻に恋をして……失恋したわけさ。ははっ。どうだい? 愚かだろう?」
精気のない表情で、彼女は自嘲気味に笑う。
「あんたの気持ち、分かるよ。俺も同じだからな。こんな思いをするくらいなら、もう恋なんてしたくないよな」
「そうだね。したくない……けど、それって可能なのかな」
「え?」
予想外の言葉に面くらってしまった。そんなに難しいことなのだろうか?
「誰かを好きにならないだけなら、特段難しいことじゃないと思うけど?」
「人が人である以上さ。他者のぬくもりを求めてしまうものだと、ボクは思うよ。人は1人で生きていけるけど、孤独に耐えることはできない」
「……」
なんとなく言いたいことは分かった気がする。俺は哲学とかよく分からないけれど、1つだけたしかなことがあったな。
「そうだよな。人間が生物である以上は、生理的欲求には抗えないもんな」
その名も――性欲。
これがあるから男は女を求めるし、その逆もまた然りで、さらにそれらに当てはまらないのも然りだ。
「でも、それじゃあどうすればいいんだろうな。また誰かを好きになって、同じことを繰り返すのか?」
今度は好きになった人がシリアルキラーだったりして。
普通に怖い。
だいたい、俺ばかりが被害者のような振舞をしているが、立場が逆になることだってあり得た。
たとえば、先輩が俺を好きだったしよう。それで、俺が先輩の思っていたような人間じゃなかったら?
結局、人は人に理想を押し付けるし、理想通りじゃなかったら失望するものだ。
現実はどこまで残酷だ。俺が憧れてやまない漫画やアニメのような純愛は――存在しないのである。
「同じことを繰り返したくはない」
言いながら彼女は視線を俺に向ける。その目には、なにやら決意が見えた。
「恋愛なんて……もうこれっきり。さすがに懲りたよ」
「おお。もうパチンコはしないって言ってるパチカスみたいな発言だな」
「ところで、負けて財布の中身がすっからかんだからお金貸してくれないかな?」
「絶対またパチンコ行くじゃん」
まさか乗ってくれるとは。ノリがいいやつ。絶対いい人。
「だからさ、ボクから提案があるんだ」
「お金は貸しませんが」
「ボクと同盟を結ばないかい?」
「?」
同盟?
「パチカスの?」
「パチンコから一旦離れて」
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