第46話

週末、仕事が終わるなり私は走って待ち合わせの居酒屋に向かった。

本当なら定時で上がれるはずが、急な面談が入ってぎりぎりになってしまった。

遅れるかも、と連絡は入れてあるけど、ひとりで待っている彼のことが気になった。


金曜日の繁華街は賑やかで、私は人の間を縫うようにして駆け抜ける。


あの治験の説明のあと、私は陸くんの名刺にあったメールアドレスにメールを送った。

返事はすぐに来て、せっかくだし飲みながら話そう、ということになった。


彼はずいぶん大人になっていた。

薬の説明も丁寧だった。

それだけ薬のことを研究して、知り尽くしたってことだろう。

彼が携わった薬なら、安心して使えると思った。

不安はない。

治験は来月から始まることになっている。


やがて地図アプリに表示された店の前に着き、私は呼吸を整えてカラカラと引き戸を開ける。

暖簾をくぐって予約です、陣場で、と伝えると、店員に奥の座敷席を案内された。


「お疲れ」


顔を覗かせると、スーツのジャケットを脱いでネクタイを緩めた彼が、ビールを飲みながら片手を上げた。


「ごめん、遅くなって」


「平気。仕事、大変だな」


「たまにだけどね」


私は靴を脱いで上がると、さっそく渡されたメニューを開いた。

豆腐サラダと、厚焼き玉子と、キムチチーズ煮込みと、あと焼き鳥、それからビールひとつ。

呼び鈴で店員を呼び出して注文する。


「晴もとりあえずビールとかするんだな」


「おいしさが分かる年齢になりました」


お互いにね、と私たちは笑った。

飲み物はすぐに運ばれてきて、私たちは乾杯、と言ってグラスをくっつけた。

働いたあとのビールは美味しい。

そして、好きな人と食べる夕飯はすごく楽しい。

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