第43話

教室を出てマコちゃんと昇降口に向かうと、陸くんが靴箱の前で待っていた。

気を使ったマコちゃんが先に行ってるね、と言って駆けていくと、陸くんはもたれていたのを身を起こし、私に近付いた。

鞄に付けた陸くんからもらったお守りがかさりと揺れる。


「晴は北海道に行くんだっけ」


ブレザーに紅白のリボンを付けた陸くんが見下ろす。

前だったら、陸くんから話しかけてくれるなんて想像もしていなかった。

閉じてるって思ってた。

クールだなって。

でも今は違う。


「うん。陸くんは京都だよね」


私も陸くんを見上げた。

彼はうん、と頷いた。

陸くんも難関と言われる大学の合格通知を受け取っていた。


ギフトを持つ私たちが大学に受かるには、一般人よりハードルが2つも3つも高い。

さらに陸くんは人並み以上の学力も必要で、私よりもずっと努力してきたはずだ。

ひとつのことを陸くんと一緒に乗り越えられたことが私は嬉しい。

きっと陸くんも同じだと思う。

思いたい。


この先もきっと一筋縄ではいかないことがあるんだろう。

ギフトだからと差別されたり、悔しかったり、悲しいこともあるんだろう。

でも、進むことを諦めたくはない。

私だけじゃなくて、陸くんもそうだったらいいなと思う。


陸くんはおもむろに鞄から卒業アルバムを取り出した。


「なんか書いて」


「じゃあ、私も」


お互いのアルバムを交換して、私はペンケースから油性ペンを取り出した。

カラフルなメッセージで埋め尽くされているその一番端に、私は一言だけ小さく記す。

書く言葉は決まっていた。


ぱたんと閉じると、陸くんも書き終わったようで、それぞれのアルバムをまた交換する。


「ありがと」


「こちらこそ」


「元気でね」


「晴もな」


「夢、叶えようね」


「おう」


ふと、陸くんの頭のてっぺんに、さっきの紙吹雪が1枚くっついているのに気が付いた。

でも陸くんは背が高いから、私は背伸びをしないと届かない。


「陸くん」


「何?」


「ちょっと屈んで」


彼は言われるがまま、素直に膝を折った。


「こう?」


彼の頭が私の目の高さに差し出された。

ふわりと揺れる紙吹雪。

陸くんはじっとして動かない。


私はそこに手を伸ばす。

柔らかそうな陸くんの髪の毛。

桜色の紙をそっと取り上げる。

小さな思い出の欠片。

今日の日のことを、きっと私は忘れない。


いいよ、と私が言うと、陸くんは頭を持ち上げた。

膝から手を離して、離れる刹那。


「ずっと好きだった」


私は一言だけ述べると、逃げるように走って、素早くローファーを履いて外に出た。

外は晴れ渡って暖かかった。

まるで陸くんとキャッチボールをした、小春日和のあの秋の日みたいだ。


後ろを振り返らないまま風を切って校門までダッシュすると、マコちゃんが待っていてくれた。

今日はこのあと、みんなでカラオケ大会をすることになっている。

いっぱい歌おう、とマコちゃんと話していた。

ミズキちゃんはロシアンたこ焼きを注文すると言っていた。

よっしーとサナエちゃんは、もう歌う曲を決めているらしい。


手に持ったままの紙吹雪は、ブレザーのポケットにしまい込んだ。

初めて人生を楽しいと思った。私はこの先も生きていける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る