第14話
空中でくるくると回っていたボールは、すとん、と彼の手のひらに収まった。
それっきり、彼は言葉を発さなかった。
川の流れる音。
子供の声。
夕日が少しずつ沈んでいく。
もしかしたら、陸くんがこうして誰かに本音を話したのは初めてなのかもしれない。
同じギフトの私になら、話してもいいと思ってくれたのかもしれない。
たまたまとはいえ打ち明けてくれた彼に、私は何ができるだろう。
「ギフトのことは、まだよく分かってないことが多いから……私も力をコントロールできないこと、ときどきあるよ」
私は川面を見ながらぽつぽつと話し始めた。
「検査に行くの面倒くさいし、いろんな制限もあるし……ギフトだからって特別扱いされたりするの、嫌だなって思う。でも、どうして自分がギフトを持って生まれたんだろうって考えたら、私にしかできないことがあるからじゃないかって思ったの」
私は続けた。
「ギフトの力が誰かのためになるのなら、私、どんどん力を使いたい。それで喜んでくれる人がいるなら、ギフトの能力も悪くないかもって」
それに、と私は彼を向いた。
「今は昔に比べたら、ギフトの人の権利って守られるようになったし。そういえばスポーツのチームもできたはずだよ、確か野球もあったような――」
「それじゃ意味ないんだ」
陸くんは遮った。
「俺はただ野球をやりたかったんじゃない。あいつらと一緒に最後まで戦いたかったんだ」
急に風が吹いた。
植え込みの木の葉が擦れて音が鳴る。
あいつら。
中学のチームメイトのことだ。
「決勝の再試合で負けて泣いたあいつらの顔、今でも覚えてる。誰も俺のことを責めなかった。それが逆に辛かった」
秋の冷たい風が吹き抜ける。
やがて陸くんはふ、と自嘲気味に笑った。
「晴はいいよな。世間で必要とされることと使えるギフトが一致してるんだから。感謝されたらそりゃ気分いいよ」
「っ、そんなこと……!」
「俺の物を浮かせる能力、それもこんな弱い能力を、どう人のために活かせばいいんだよ。こんな中途半端な力で仲間を泣かせるくらいなら、ギフトなんてもの、なければよかったんだ」
きっぱりと断言した陸くんに、私はなんの反論もできなかった。
苦しかった。
これまで彼の抱えてきた悲しみが、どっと流れ込んできたようだった。
荒れる風。
誰かがきゃあ、と悲鳴を上げる。
私はごめん、と伝えたいのに、声がかすれて出てこない。
「浮遊」の能力は、重いものを浮かせられれば浮かせられるほど、輸送業界や建設業界、介護業界など、様々な分野で重宝される。
けれど軽度な能力は逆に仇となり、犯罪と間違われたり、特にスポーツでは不正とみなされてしまうことが多い。
野球をやりたかった陸くんにとっては最悪の組み合わせだ。
すう、と風が収まると同時に私は身を乗り出して陸くんに訴えた。
「陸くんごめん、私ちっとも――」
「ごめん。帰る」
陸くんは鞄を持ってすっと立ち上がる。
土手を上り、私は遠ざかっていってしまう彼を引き止められない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
傷付いている陸くんをもっと傷付けた。
浅はかだった。
同じギフトの能力者でも、陸くんと私とでは持っているものがまるで違う。
派生する問題も当然違うのに、どうして自分に当てはめて考えてしまったんだろう。
陸くんの背が遠のく。
どうしよう、なんて言ったら彼の傷は塞がるんだろう。
どうしたら。
どうすれば。
子供がきゃあきゃあと楽しそうにはしゃぐ声がする。
陸くんはふと川のほうを見た。
彼は見つめたまま動かない。
私も振り返る。
歩けるようになって間もないくらいの小さな男の子が、川沿いぎりぎりの場所で蝶を追いかけている。
母親は別の子供の母親と話していて気が付かない。
蝶がひらり、と川のほうへ翻って、夢中になった男の子がそちらに手を伸ばした。
その瞬間、男の子の体がぐらりと川へ傾いて――……
「危な――」
「戻れ!!!!」
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