第9話

陸くんは近い場所から高い球で練習を始めてくれた。


「ボールをよく見て。ボールを捕る手が相手の方を向くように」


「うっ、うん」


「ボールの下に入るようなイメージで。腕だけじゃなくて、足も使って移動して」


陸くんが投げてくれた高い球は、言われた通りに動いた私のグローブにすっぽりと収まってくれた。


「わ、捕れた」


私が感動していると、陸くんはそうそう、と褒めてくれる。


私も高い球で返した。

陸くん相手にそんなことしなくて良かったかもしれないけど、そういう球しか投げられないのだから仕方ない。


「じゃあ、もう少し離れるから」


少しずつ距離を伸ばしていく。

何度か繰り返して、高くてゆっくりの球ならなんとかキャッチできるようになった。


もし捕れなさそうなら、ワンバウンドかゴロを捕るといいよ、と陸くんは言ってくれた。

なるほど、そうやって確実に捕っていくのか。


そうやって私に合わせて投げてくれたせいか、彼の球が珍しく逸れた。


「あっ」


私は走って、予想しうる落下点で待ち構えた。

ボールをしっかり見て、グローブをありったけ開いて。

いよいよ落ちてきたボールは予想通り、ぱしっ、とグローブの中で音を立てた。


「やった……捕れた! 捕れたよ!」


私がぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶのを、陸くんはどう思ったんだろう。


「うさぎかよ」


ぷ、と笑った顔を私は初めて見た。

わ、可愛い。

知らなかった。

陸くんはこんな顔で笑うんだ。


「試合始めるぞー!」


審判役の先生が号令をかけたので私たちは集まった。

陸くんにありがとう、とお礼を伝えると、別に、とまたいつもの無表情に戻っていた。

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