第二章

第7話

はっきりした進路を決められないまま、やがて球技大会の日がやってきた。


この日は一日授業が休みで、代わりに各クラスを男女別のバレーボール、卓球、ソフトボールの3種目のチームに分けて、クラス別対抗戦をすることになっている。

受験勉強で疲れていた3年生の息抜きにはちょうどよくて、やる気になっている人もちらほらだ。


ともに運動音痴で、なんの部活にも所属していない私とマコちゃんは、いちばんみんなに迷惑をかけなさそうな男女混合ソフトボールを選択した。

空いた時間は他の競技の応援にまわり、バレーボールの女子チームが2年生のクラスに勝ったところで私たちは野球部のグラウンドに向かった。

外は気持ちの良い秋晴れで、冷たいけれど爽やかな風が吹いている。


1つ前の1年生同士の試合がちょうど終わり、私たちは備品のグローブを借りてさっそくキャッチボールを始めた。


「わっ、晴ちゃん高いよー!」


私が投げた球は高すぎて、マコちゃんは狙いを定めきれず、一度ボールを地面に落としてからキャッチした。


「ごめんマコちゃん! って、うわ、速い! 速いから!」


マコちゃんは拾ったボールをすぐさま投げ返したが、今度は球が速すぎて私が捕捉できない。


「あはは、ごめーん!」


遠くに転がっていったボールを私は走って追いかける。


終始私たちはこんな調子で、ちっとも練習にならない。

コントロールは狂うし、少しでも速いと怖くて捕れないし。


「難しいねー!」


「誰かうまい人、教えてくれないかなー!?」


なんとか投げ合いながら、マコちゃんは分かりやすくチラッ、チラッと陸くんに視線を送っている。


そう、私たちがソフトボールに決めたのは、陸くんも出ると知っていたからだ。

陸くんは野球経験者だし、種目決めで迷うことなくソフトボールを選択した。


我ながら単純だけど、ちょっとでも仲良くなれたらいいなと思う。

話すきっかけには絶好の機会だ。

でも、だからって。


「たとえば、昔野球やってた人とかー!」


マコちゃんが私の投げた球をキャッチしながら叫んだ。


「ちょ、マコちゃん、そんなにしなくても――」


「なあ、陸がピッチャーやってくれよ!」


ベンチの方からクラスメイトのヤスくんが叫んだのが聞こえたので、私たちは動きを止めて彼らを向いた。


「昔ピッチャーやってたんだろ? 頼むよ」


「野球部がやるのは反則だろ」


「今やってないんだからいいじゃん!」


ヤスくんはリーダーシップがあってノリもいいけど、ちょっと強引なところがある。

人と関わりたがらない陸くんが怒って言い争いにならないか、見ているこっちがハラハラしてしまう。

喧嘩になったら試合どころじゃなくなる。

試合はまだ始まってもいないのに。


ヤスくんは食い下がる。


「じゃあさ、やんなくていいから一球だけ俺に投げてくれよ。陸の中学、強かっただろ」


陸くんの背中がびくりと震えた。

中学では強かった。

へえ、知らなかった。

陸くんってすごいんだ。

強かったチームでピッチャーに選ばれるって、きっとすごく努力したに違いない。

でも、じゃあなんで、野球辞めちゃったんだろう。


「なあ、頼むよー」


ヤスくんはわざとらしく両手で拝んだ。

頼むよ、お願いだからと何度も繰り返され、陸くんはしばらく黙っていたけど、やがて諦めたようにふう、と深いため息をついた。


「一球だけだからな」


「よしきた!」


ヤスくんは陸くんにボールを渡して、意気揚々とバッターボックスへ駆けていく。

陸くんは呆れたように、ほんとに一球だけだぞ、と念を押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る