第3話

これどうしようかな、と思いながら席に向かうと、仲良しのマコちゃんが机をくっつけて待っていた。


「おはよう晴ちゃん! お疲れさま、ギフトの人は大変だね」


明るいマコちゃんに私もおはようと答えて、席に腰を下ろした。


「大丈夫、もう慣れたよ。誰だって痛いのは嫌だもん」


「晴ちゃんは偉いなあ」


マコちゃんはお弁当を取り出しながら、感心したように褒めてくれる。


マコちゃんとは高校に入学したばかりの頃に席が隣で、よく話すようになって仲良くなった。

3年生になってもそれは変わらなくて、いつもこうやって2人で行動することが多い。


私はそんなことないよ、と返しながら、自分のお弁当箱をぱかりと開けた。

辺りにいい匂いが立ち込める。今日のおかずはお母さん特製のハンバーグだ。


「大学病院の検査はどうだった?」


マコちゃんは卵焼きを口に運びながら尋ねた。

マコちゃんはいつも自分でお弁当を作ってくる。

本当に偉いのはマコちゃんのほうだ。


「いつもと同じだよ。安定してるって褒められた。感情が激しく揺れなければ大丈夫だって」


ミニトマトを飲み込んだ私がピースサインを作って笑うと、マコちゃんも嬉しそうににこっと笑う。


「じゃあ、今度の球技大会も大丈夫そ?」


「大丈夫! 応援しまくろ!」


私たちも出るんじゃないの、とマコちゃんが突っ込んでふたりで笑う。

運動神経ゼロの私たちだから、せめてチームに迷惑はかけないようにしなければ。


「ねえ、それどうしたの」


楽しく話していると、ふと、マコちゃんの指の先に絆創膏があるのに気が付いた。

彼女は気まずそうにぎゅっと拳のなかに隠してしまう。


「大したことじゃないよ」


「でも怪我でしょ? いいよ、言って」


私が迫ると、マコちゃんは遠慮がちに、小さい声で打ち明けた。


「今朝、卵焼き作ってるときに……フライパンで、ジュッと」


「ひえっ」


想像するだけで指先がヒリヒリする。

小さい火傷だよ、と付け足したけれど、指の怪我はちょっとの傷でも痛いことを私は知っている。


「指、貸して」


「でも……」


「いいよ、気にしないで」


私が念を押すと、マコちゃんはおずおずと手を差し出した。

私はその手に、自分の手のひらをそっとかざす。


「痛いの痛いの、とんでけ」


す、といつものようにスライドさせる。

傷は小さいからあっという間で、私が手を引っ込めるとマコちゃんは静かに指先の絆創膏を剥がした。

あちこち見渡して、傷が完全になくなったことを確かめる。


「晴ちゃん、ありがとう。やっぱり晴ちゃんはすごいね」


マコちゃんは顔を上げて微笑んだ。

マコちゃんは私に治療されたとき、いつもこうやって控えめに笑う。

まるで悪いことをしてしまった、というように。

マコちゃんはお礼だよ、と言って自分のお弁当箱からカニさんウインナーをつまんで、私のほうに置いてくれた。


「晴ちゃんが私のお弁当好きなこと、知ってるんだからね!」


「だってあのときのマコちゃんの枝豆ごはん、絶品だったしい……」


私は言い訳しながら、じゃあこれはお礼のお礼ね、とさっきミズキちゃんにもらったチョコレートの箱を開けて差し出した。

パッケージには「アボカドミントチリソース味」と書かれている。

ええと、なんていうか、ミズキちゃんはいつも食べ物のチョイスが独特だ。


「……いく?」


「いっちゃう?」


顔を見合わせた後、ふたりで1つずつつまんで、せえの、で口に入れた。


「……」


「……」


一瞬訪れた静寂。

切り拓いたのはマコちゃんだ。


「……おいしい」


「おいしい……よね?」


うそ、まじで、と言いながらまた一粒、一粒と消えていく。

つい、隣でお弁当を食べていたサナエちゃんたちのグループにも勧めてしまった。


「あんたたち、正気?」


ものすごく疑われたけど、食べた反応は私たちと一緒だ。

だんだん人が集まってきて、チョコはあっという間に空になった。

そのうち、じゃあこっちも食べて、こっちも、とお菓子の交換会が始まる。


これが私の日常だ。

開けた窓から、爽やかな夏の終わりの風が吹いている。

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