第一章

第2話

学校に着いたのは、ちょうど4時間目の授業が終わった頃だった。


ランチのために廊下は生徒でごった返していて、知り合いとすれ違うたびにおはよー、とか今日病院? とか言われながら、私もおはよう、とかそうだよ、とか答えながら、人の間を縫うようにして教室に辿り着いた。


「あっ、晴ちゃん来た! 待ってたよー!」


「へっ?」


私を見つけるなり飛びついてきたミズキちゃんは、ちょっと見てよ、とふてくされたように制服の半袖をめくって二の腕を指さした。


「ここ! 昨日、テニス部の練習見に行ったら当たっちゃってさ」


「うわ、痛そう」


指の先には丸く青黒く変色した肌。

ミズキちゃんは元硬式テニス部で、引退後も指導のために通っていると言っていた。


「いちおう冷やしたんだけどね、当たると痛くて」


ミズキちゃんはさも生活に支障があるかのように説明する。

痛くて不快なのはきっと本当だ。

だから、次の言葉は容易に想像できた。


「……治せる?」


上目遣いで私を見上げた。


やっぱり。

私はお医者さんじゃないんだけどな、と思いつつ、こういうことはよくあることだと思い直す。

私はうん、と頷いた。


「やってみるよ」


「ありがとう!」


了承するとミズキちゃんはぱっと笑顔になり、さっそく腕まくりをして私に向けた。


私は両手をこすり合わせながら意識を集中させる。

深呼吸して気持ちが落ち着いたところで、彼女の露わになった打撲痕にそっと手のひらをかざした。


「いくよ」


「どうぞ!」


ミズキちゃんの威勢のいい声が響いた。


「痛いの痛いの、とんでけ!」


私は決まり文句とともに、す、と手をスライドさせた。

ギフトの能力を使った治療は痛いわけでも苦しいわけでもない。

そこにあった傷だけが、まるでなかったかのように治癒していく。

手のひらを引っ込めると、打撲痕は跡形もなく消えていた。

すっかり元通りの、健康的な日焼けした肌だ。


「大丈夫? もう痛くない?」


ミズキちゃんは患部を押したり引っ張ったりしてひと通り感触を確かめている。


「うん、大丈夫みたい。ありがとう、晴ちゃん!」


顔を上げたミズキちゃんは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。

私がほっとしていると、ちょっと待ってて、と言って机にかけてあった鞄から何か取り出した。


「これ、お礼」


目の前に差し出されたのは、巷で話題のチョコレート菓子の箱。


「今朝コンビニで見付けたの。おいしいからあとで食べて! ほんとにありがとね」


私がうっと尻込みしつつ受け取ると、ミズキちゃんは手を振り、お弁当を持って他所の教室に駆けていった。

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