第443話

バイトの日。


その日の注文はいつもと違っていた。


注文があることはいいことだけど、お目当てが少々違ったのだ。



「光さん、これはどうしたのでしょうか?」



「失恋したからだろ」



失恋?


失恋したから甘いデザートばかり食べてるの?


チョコケーキ、4つ目なんだけど。


たくさん食べてもらって嬉しいけど………………



「すみませ〜ん。注文いいですか?」



「はい、今行きます」



注文票を持っていくと、お客さんはメニューを指して「これください」と伝えてきた。


確認するとあのチョコケーキだ。



「これ、チョコソース多めにして下さい。飲み物はコーヒーのブラックで」



「かしこまりました」



またチョコケーキだ。


少々、変わったお客さんもいるが、それ以外のお客さんからもよく注文される。


注文されたことを光さんに伝えると、冷蔵庫からケーキを取り出しチョコソースを多めにかける。



「あ〜、もっと準備しておけば良かったなぁ。今日の分、怪しいな」



「えっ?危ないんですか?」



「まだ、午前中だろ。昼前だぞ。それなのに、何個出たと?」



確かに、お昼前なのに注文がよく入る。



「よし、持っていけ」



「はい」



トレーにケーキとコーヒーを乗せてお客さんのところに運ぶ。


テーブルにチョコケーキとコーヒーを置き、その場を離れた途端パシャパシャとシャッター音が聞こえた。


そんなに撮るの?


お客さんは何度も角度を変えながら写真を撮り、フォークで半分に切るとまた写真を撮り始める。


はて?


そこまで撮ってどうするので?


アルバムにでもするの?


それとも、同業者………………



「光さん。なんか、たくさん写真を撮ってる人がいます」



「おぉ、SNSにでもあげるんだろ。ここ数日、それをよく見かけるぞ。この店は看板を出してないのに、新規の客が増えてる。しかも、定食系が目当てじゃない。あのケーキが目当てみたいだな。先日の件で、客が投稿したんだろ。それを見た人がここに来て写真を撮って投稿して、それを見た人が来て………………まぁ、それの繰り返しでこうなるわけだ」



「たくさん注文してる人は?」



「あれが別だ。色々あるんだよ」



「海がいませんが、お休みですか?」



「それも色々あるんだよ」



「………………私と光さんだけでやるんですか?お昼時間を?」



ちょっと、それはキツイと思いますけど。


いつもより人が増えているんだよね?


それなのにスタッフは減ったとかありえない。



「大丈夫だ。助っ人を呼んでいる」



「助っ人?」



「蓮だ」



蓮さん?


えっ?できるの?


というか、お仕事に影響しない?


それかお休みなのかな。



「仕事は大丈夫なんですか?」



「大丈夫だ。お金のために頑張るそうだ」



………………。


まぁ、お金は大事だよね。


私が疑問だらけで首を捻っているのを見て光さんは「何も心配ない。時間が経つとそのうち平気になるもんだ」と言った。


お昼のピーク前くらいにエプロン姿の蓮さんがお店に入ってきた。


注文票とペンをエプロンのポケットに入れて、やる気に溢れている。


なんだろう、燃えているかもしれない。



「光、どの子?」



「あそこにいるだろ。あとは奥のテーブル席にもいる」



「へ〜ぇ、めっちゃ暗いなぁ。海に結婚前提に付き合っている子がいるからって言われて余程ショックだったんだねぇ」



蓮さんの話では、たくさん注文しているお客さんは海に好意を寄せていた人たちらしい。


どこから知ったのかは分からないけど、海に彼女がいることを知りショックを受けてやけ食いをしているということだ。


だからって、あそこまでなるのか?



「海は?収拾出来なくで休んでるわけ?アホだなぁ。接客業のこと何も分かってないんだから。無駄に愛想良くするからこうなるんだよ。バカなヤツ」



蓮さんはそう言って光さんのそばを離れて注文をとりに行った。



「凛、なんとなく分かったか?」



「はい、その気がないのにその気があると思わせてしまったんですね?でも、あの海が失敗しますか?」



「些細なことがグッと来たのかもなぁ」



些細なこと………………


それはどんなことで?


そう聞きたいけど、聞いたら長くなりそうだからここまでにしよう。


私も仕事に集中しないと。

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