第437話

着替えが終わってお店に行くと、みんなが既にいた。



「は〜い、凛の撮影会始めるよ」



お父さんは片手をあげると、美香さんが持っているカメラのシャッター音が聞こえた。


えっ?


急に何?



「はいは〜い。誠也さんも凛ちゃんの隣に並んで下さいね。麻矢さんのお願いですから」



「お願いというか指示というか。俺のこと信用してないよね。美香さんにお願いしていたなんて」



どうやら、お母さんは美香さんにもお願いしていたらしい。


スマホで撮るより一眼レフで撮るなんてね。



「凛ちゃん。ちょっと横に向いてくれる?………………そうそう。そんな感じ。誠也さんは顎を引いて………………そう!いいね!モデルさんみたい」



なんでだろう。


光さんと海が照明を使っているのだが………………


本当に撮影会だな。



「凛ちゃん、もっとニッコリできる?口角あげる………………あぁ、まぁ、いいか」



言われた通りにボーズを決めたり表情を変えたりと忙しい。



「はいはい。OKで〜す。お疲れ」



美香さんのOKが出ると、近くの椅子に座り深いため息を吐く。


まだ始まっていないのに疲れた。



「写真撮ってて思ったんだけど、誠也さんも凛ちゃんも和服似合いますね。しっくり来る。着慣れてますって感じが出てる。それなのに、うちの旦那さんは………………髪の毛染めたら?そろそろ、落ち着いた色にしてみない?」



美香さんは光さんの和服姿が不服らしい。


和服というか髪の毛だ。



「黒にしたら似合わないって言っただろ」



「明るめの茶髪がいいと思う」



「考えておく」



光さんはそう言ったが、多分このまま金髪だろうな。


その髪でエプロン姿も見慣れてしまったし。


地味な色にしたら、違和感が出るかもしれない。



「よし、俺と誠也はキッチン担当だ。その他は配膳係だが、美香は写真撮りも頼む。配膳係は笑顔を忘れるなよ。あと、モタモタしないで動け」



美香さんは写真撮りもするのか。


なら配膳担当と考えるのはやめておこう。


予約時間までやることはある。


看板を出さない店なのに、ウェルカムボードを出すのだ。


なんと、それを書くのは大塚さんらしい。


チョークを片手にスラスラとボードに文字を書いていく。


大きなボードにバランスを見ながら書くのって大変だよね。


下書きもしないで書くから凄いな。



「よし!こんなもんかな!」



「お〜、大塚さん凄い。可愛い」



「ありがと。カフェのバイトでウェルカムボード書いてたから」



なるほど。


バイトで経験済みでしたか。


残りの準備が終わる頃にはちょうど予約時間になっていた。


続々と入店するお客さんを席まで案内しながら料理を運ぶ準備もする。


幹事さんから全員揃ったと言われたところでグラスにワインを注ぐ。


幹事さんが何やらみんなに向かって挨拶をしているようだが、それを聞く暇もなく次の準備を始める。


落ち着くまでずっとこんな感じなんだろうなぁ。


出来た料理を運び、注文されたお酒を運び、空いた食器を運び、出来た料理を運び、注文されたお酒を運ぶ。


何度も同じことを繰り返しているうちに自分が何をしているのか分からなくなってきた。


どこのテーブルにどれを運ぶんだっけ?


このお酒は誰が頼んだっけ?


通常より倍のお客さんに頭はいっぱいだ。


それなのに、お酒の注文は入る。



「椎名さん、それ3番だよ、こっちは6番」



「あっ、ごめん」



大塚さんに手伝ってもらうとは情けない。



「おっ、お兄さん和服姿いいね!新鮮!いつもと違ってカッコいいよ」



「いつもカッコいいっすよ。俺は」



「お〜っ、言うようになったね」



「ビールのおかわりどうぞ」



「ありがとさん。そうだ、お兄さん彼女いる?」



「急になんですか?」



常連さんがいつもと違う海の服装を褒めているようだ。


早く戻って来い。


運ぶものはまだたくさんあるんだから。


横目にそれを見ながらカウンターに行って注文されたお酒をトレーに乗せる。



「めっちゃ酒飲むよねぇ、いろんなお酒があるから?種類ありすぎる」



戻ってきた大塚さんは両手に空のジョッキを持っている。



「そうだね。次、この生ビールだよ」



「終わりが見えない」



「そのうち終わるから。そろそろデザートじゃないかな?」



「違うよ。デザートが出たからって終わるわけじゃない。盛り上がりはこれからだよ」



なんだろう。


なんか、大塚さんが決め言葉を言ってるように聞こえる。


いや、そんなことよりビールを運ばなければ。


明日、筋肉痛になっているかもしれないなぁ。


そんなことを思いながら運び続けた。

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