第411話

「あのさぁ、凛ちゃんが部屋の前にいたの気づいてたろ?あれから2時間だぞ」



博さんは海さんの目の前に座りデコピンをする。


それは凄くいい音だった。



「いや、止まらんよ。無理言うなっちゃ。でも、あ〜嬢ちゃんにやべーもん見られちゃったなぁって思ってはいたんよ」



痛くはなかったのだろうか?


痛みを堪える素振りもしない。


とてもいい音がしたのになぁ。



「他人事みたいに言うなよ」



「他人事とは思ってないんよ。でも、止まらんもんはしょうがないっちゃ」



は〜ぁ、幸せそうで何より。



「海、大丈夫なのよね?どっかの馬鹿野郎と同じことしないでしょうね?勘違いしないでほしいけど、ダメって言ってるわけじゃない。こんなに急に状況が変わるって思わなかったから」



海にパートナーができることを望んではいたからいいけど。


順番ってあるよね?



「あ〜、それはなぁ、なんつーかなぁ。ん〜だねぇ、やっぱり急に来るってことだっちゃねぇ。キューッと急上昇しちゃったわけ。ここだッ!って思ったらそのままゴールっちね。嬢ちゃんも分かるようになる」



「大塚さんの親には?ズバズバ進めているけど、説明するのよね?すぐに?」



「いやぁ、すぐってわけじゃないん。やっぱ、学業が優先やろ?嬢ちゃんだってそうだっちゃ。将来については、辞めさせるつもりはない。夢があるから通ってん。それを、こっちの都合で辞めさせるつもりはない。就職だって行きたいところに行けばいいし。表の生活を壊すようなことはしたくないっちね」



そう、それならいいけど。


大塚さんが家の中に閉じ込めらるなんて嫌だし。


折角、いい先生がいる短大にいるんだから、学びたいことをしっかり学んでほしい。


裏の事情だからって制限なんてしてほしくない。



「俺と違って勉強できるところにいる。学べる環境にいるなら学んでほしいんよ。んで、感じさせてほしいんよ。表の生活を」



「そう」



裏から抜けるつもりはないってことか。



「嬢ちゃんは凄いなぁ。よく耐えたなぁ。壱夜と上手く混じったんか?」



「その言い方やめて」



「え〜、だってそんな感じやろ?違和感ないんよな?ええねぇ、覚醒しちゃったヤツは。壱夜も安心感あるんやろうねぇ」



「人間じゃないみたいな言い方ね」



「必要なもんが無かったん。それが生まれたならいいことだっちゃ。良かったなぁ。よく眠れるっちゃね」



よく眠れるだろうか?


後始末に追われているのではないだろうか?


まだ若いからって言うことを聞かない人もいるだろうし。


切り捨てる人たちを分けないといけないし。



「聞かないの?それとも、報告されたから満足しちゃったのかしら?喜一について」



柚月のところにいた時は喜一を身近に感じていたはずだ。


気にならないのだろうか?



「ん〜、死んだことは報告されとーよ。まぁ、なんだかねぇ。あぁ、死んだんか。なら、壱夜が本当に引っ張るんけって思った」



「あっさりね」



「死んだら、あっさりだっちゃね。びっくりはしてんよ。でもなぁ、腰が抜けるほどの驚きではないわなぁ。喜一より今後のことが真っ先に考えたんよ。絶対に忙しくなるって。いやぁ、俺いなくて良かったわぁ。クソ忙しくなるとーよ」



「そうね。忙しくて眠れなくなるかもね。柚月に会ったけど、後始末でアメリカと日本を行き来するらしいから。いい部下が少ないのかしら」



「そりゃ大変や。時差ボケしそうやねぇ」



ハハッと笑う海だが、実際どうなのだろうか。


気にしているのかしていないのか。


今の海ではよく分からないな。



「海も幸せ太りするのね」



「えっ?何?」



「博さんと同じように横に広がるのね」



「なんか急にトゲトゲしちょる。えっ?やっぱ怒ってるん?勘弁してっちゃね。これでもだいぶブレーキかけてん。本当はもっと抱き潰したいっていうか、もっと知ってほしいっていうか」



「そんなの聞いてないから」



まぁ、制限しているならいい。



「凛ちゃん、そろそろ行こうか!誠也のところに!遅くなると怒られちゃうし」



博さんがパンッと両手を叩く。



「えっ、あっ、はい」



本当ならもう少しいたいところだけど。



「嬢ちゃん、またっちゃね!」



なんだろうか。


もの凄い笑顔で言われたんだけど。


気持ち悪いほどの笑顔を見ながらリビングから出た。

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