第61話

1時間ほど並んで会場内に入ると、たくさんの人でいっぱいだった。


これは、どこに何があるのか分からなくかも。



「やっと入れたと思ったらコレかよ。どこだ?」



「えっと………………お父さんのブースは一番奥の列だよ」



「ウエッ!奥かよ!」



「うん」



私は亜紀と逸れないように手を掴んでお父さんのブースに向かった。



「おっ!帰りにあそこのブースに行こうぜ!ステーキ肉だ」



「分かった」



亜紀は私に引っ張られながら周りを見ている。


私は、真っ直ぐ前しか見ていない。


人とぶつかってしまうかもしれないし。



「なぁ!スイーツ系もあるぞ。新感覚のチーズケーキだとよ。あそこも寄るか?」



なんか、私より楽しんでない?


お父さんのブースに近づくに連れて人も多くなってきた。



「なぁ?アレか?」



亜紀が指を差した場所はたくさんの人だかりが出来ていた。



「絶対アレだな。間違いない。だって、みんな椎名さんって言ってるぞ」



確かに、お父さんの名前を呼ぶ声が聞こえる。


恐る恐る近づくと離れた場所で料理をしているお父さんが見えた。



「押し掛けられないようにちゃんと対策はしてるんだな。まぁ、そうだわな。人気だもんなぁ。顔いいし」



確かに、料理をするところから少し離れた場所には少し高めの透明パネルが設置されており近づけないようにしている。



「よし、乗り込むぞ」



「えっ?」



ちょっと待って。


まさか、この人だかりを突っ込むの?


絶対によろしくないと思う。



「はいはい。ごめんよ。順番変わってくんね?もう、いっぱい見ただろ。お姉さん方」



そう言ってズンズン前に突っ込んで行く。


そして、押し退けられた人からビシビシ感じる批難の視線。



「ほれ、前に来たぞ」



私の前には透明なパネルがあった。


そして、その先には料理をしているお父さんの姿。


………………。


家にいる時は料理に対する情熱がそれほど感じられなかったけど。


やっぱり、仕事だとハッキリ見えるものだな。


目の色が違うもの。


家だと優しい雰囲気だったけど、今は全然そんな雰囲気ない。



「どうだ?」



「うん。違う人みたい」



「まぁ、普通の反応だな。内と外が一緒だと疲れるだろ」



「そうだね。私、あの目の色は初めてかも」



「目の色?」



「お父さんの目の色ってそんなに大きく変化しないから。だから、こんなに変化するのは珍しいと思う」



「………………家族だから分かるもんだな」



お母さんみたいにコロコロ変わるの初めてだ。


それほど、仕事が楽しいのだろう。



「行こうか。邪魔になっちゃうし」



「もういいのか?」



「うん。もう十分」



「そうか」



テレビで見たり話を聞いたりしても、やっぱり生で見ると違うなって思う。


みんなが見ているものと私が見ているものは違う。


凄いなって思う考えもきっとみんなとは違う。


料理の腕とか堂々とした立ち振る舞いとかそういうのではないのだ。



「料理食べるか?めちゃくちゃ並んでるけど」



「そうだねぇ。並んでるね。でも、いいかな」



「いいのか?」



「うん。お父さんのこと見れたし」



「………………ならいいけどな。後悔するなよ」



「食べたい時はお父さんに作ってもらう」



「………………そうだった。普通に考えればそうなるよな!」



「スイーツ見てもいい?」



「いいぞ。さっきの新感覚チーズケーキか?」



「食べたいの?」



「新感覚に惹かれる」



新商品みたいな?


まぁ、ここから近いからいいか。


時間はまだあるし。


まずは近くから回るか。


これ、朝ご飯とお昼ご飯セットだな。


一口サイズで提供しますとか言われても数を回ればお腹は膨れるものだ。



「新感覚チーズケーキ。客いねぇな」



「言うな」



聞こえるでしょ。


なぜ、ブースの近くで言うの?


少し離れているからって聞こえる人はいるの。


亜紀が行きたいと言っていたブースにはお客さんの姿がなかった。


多分、チーズケーキの色だと思う。


なぜ、ブルーなんだ?


亜紀はスタスタと歩いて受付の人から2つチーズケーキを貰い私に一つ渡す。



「食え」



そう言われて恐る恐る食べてみる。


………………。


………………。


うん。


マズイわけではない。


マズイわけではないけど………………


チーズケーキってシュワシュワするものだっけ?


そんな疑問がグルグルと頭の中で回ってしまったのだった。

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