第46話

「ごめんなさい。私に助けを求められても困る。早く謝ったら?」



凄く冷たい女だと思う。


だけど、助けるつもりなんてなかった。


転んだ女は絶望の表情で私を見ていた。


私はそんな女の横を通り過ぎてバス停まで急いで歩いた。


後ろから何か揉めている声が聞こえてはいたが次第にその声が聞こえなくなった。


それにしても、1人なのに数で攻めるのか。


よくあることだけど。


日向は相変わらず何も気にしてない様子だった。


なぜ、あそこに日向がいたのか知らないけど。


バスに乗り込みいつものようにバスの中で課題を済ます。


書き物はそれなりに大変だが、やらないよりはマシだ。


家に帰るとお母さんはいなかった。



「おかえり」



「ただいま。お母さんは?」



「残業。終わらないって言ってたよ。家に帰って来られるか分からないかなぁ。で、今日は俺の料理ね。明日のお弁当も俺ね。何食べたい?」



「えっと………………卵料理」



「分かった。卵か。凛は偉いね。冷蔵庫の中身で考えたでしょ?」



「まぁ、うん。お母さんが大量に卵を買っていたの思い出したから」



「本当に偉い。安いからって大量に買わなくてもいいのに。キャベツも3つあったよ。だから、今日はお好み焼きね」



お好み焼きか。


久しぶりだ。



「ねぇ?お父さん。私、今日ね。見捨てちゃった」



「えっ?何?見捨てた?」



私はソファーにボフッと座る。



「うん。バス停に向かっていた時に、突然現れたんだよねぇ。ファンクラブに虐められてる女とファンクラブ会員が。助けを求められたけど断った」



「あぁ、そういうこと。それは断るよね。だって、見るからにヤバそうじゃん。助けたら絶対に何か言われるでしょ?それは助けないよね」



「まぁ、そうだと思ったから助けなかったけど」



「明日、ファンクラブが会いに来るかもね」



「見なかったことにしろって?」



「そうなんじゃない?何も話すなとか。まぁ、定番だよね。よし、ご飯にしよう!」



ソファーから立って椅子に座る。


お皿の上には出来立てのお好み焼きがあった。



「ちょっと贅沢に豚肉はいいやつにしてみたよ。冷蔵庫の中で眠っていてもしょうがないし。早く使わないと。多分、暫く帰って来れないと思うからね」



「そんなに忙しいの?」



「どうやら、やっちゃったみたいだね」



仕事で何かやらかしたと?


それは大変だ。



「電話で聞いた声だけでもよく分かったよ。多分、真っ青だね」



「………………」



可哀想に。



「ほらっ、冷めないうちに食べちゃって」



「うん」



熱々のお好み焼きをパクッと一口食べる。


お父さんの言った通りに豚肉がいつもと違う。



「この豚肉は本当に美味しい」



「だろうね。冷蔵庫の奥に隠れてた肉だから」



「怒られない?」



「今はそれどころじゃないからね。仕事が終わった頃には肉も腐る。その前に美味しく食べた。腐ったらダメでしょ」



確かに。


腐るのはダメだ。



「凛。明日の帰りだけど、海に行かせるから入り口で待ってて」



「分かった」



「サークルが終わる頃にちゃんと行かせるから」



「あっ、明日はサークルに行かない。家でやるから」



「そっか。キッチン使うの?」



「うん。サークルの調理場はいっぱいだったから。家でやる」



「順調?」



「それなりに」



試作品でいっぱいになりそうだ。


みんなに食べてもらわないと。



「形にするのに何度も作る必要があるからね。材料費は気にしないで。たくさん作って失敗しなさい。泥沼に嵌ってから、そこから出た瞬間は凄い達成感だから」



「お父さんが言うとなんか凄く重い」



「俺がいつも経験してるからね。最初から成功とかないよ」



パクッとお好み焼きを食べる。


まだ冷めないから、ゆっくり食べる。


いつも、お母さんがいるから今日は静かだ。


本当に賑やかなんだよなぁ。


よく喋るし。



「ねぇ?」



「ん?何?」



「お母さんに電話したらダメかな?」



私の言葉にお父さんはクスクス笑って微笑んだ。



「いいと思う。喜ぶよ」



私もお父さんにつられて微笑んだ。

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