第37話
土曜日の朝に海から連絡が来た。
待ち合わせ場所は光さんの店だ。
バスを乗り継ぎしながら光さんの店に着くと海がカウンターでコーヒーを飲みながら待っていた。
カウンターを挟んだ調理場では光さんがチャカチャカと音を鳴らしながら洗い物をしている。
「光さん。お邪魔します」
「はいよ。今日は休みだからゆっくりして行け。帰りは海に行かせる。悪かったな。迎えが出来なくて。今、車使ってるからよ」
「大丈夫です」
「なんか飲むか?」
「オレンジジュースで」
「そうか。パフェでも作ってやるぞ」
「いえ、オレンジジュースだけでいいです」
「分かった」
海の隣に座る。
「嬢ちゃん。朝からごめんなぁ」
「別にいい。で?何か分かったの?」
「分かったっちゃ。えれーもんだっちゃ」
「何?そんなにヤバい人だったの?」
そんな話は聞きたくなかったけどな。
「複数の犯行だっちゃ。なんか、組織化されててなぁ。ファンクラブが暴走した感じだわなぁ。嬢ちゃんの学校にも数人いるっちゃ。裏社会みたいに役割やら幹部やらボスやら。あーなる前に潰してたら良かったのに。あの坊ちゃんどうするのかねぇ。アレは1人で対処出来ん。無理だっちゃ。まぁ、だからあんな感じなんだろうなぁ」
想像していたことより大きいものだったか。
1人の男に組織化までするの?
なんて面倒なことなの。
「坊ちゃんと仲良しになりそうな女や男を見張ってんよ。特に女関係はうるさいわぁ。気に入れば自分のファンクラブに入れって勧誘するっちゃ。気に入らんと排除しちょる。どっかで捕まえてきたのか知らんが、仲良しさんにお願いして悪ーことして排除しちょるよ」
「ねぇ?日向は自分にファンクラブがあること知ってるの?」
「知ってるらしい。誕生日やら何かの記念日になるとカードが送られてるらしいからなぁ。気持ちわるー。よーそんなことやるっちゃ」
そこまで大きくなっているなら、周りとの付き合いも考えて動かないと大変なことになりそうだ。
………………。
………………。
周りとの付き合いか。
なんで全く動かないのかと思ったら、動いたらもっと酷いことになるってこともあり得るのか。
諦めたというか、なんというか。
「身動きしづらい感じね」
「一般人には無理やろうなぁ。頭潰したところで他が潰れてないと動き続けるっちゃ」
繁殖力が強そうだし。
根っこが深そうだ。
雑草みたいに除草剤でも撒いてしまえば簡単だけど。
「そのガキがお前にちょっかい出した回数とか数えてるだろうな。そのファン達は」
光さんは怖いことを言いながらオレンジジュースをカウンターに置いてくれた。
「暇ですね」
「暇だからそんな組織とか作ってんだろ。んで?海は誠也にもそのこと伝えたんだろ?なんて言われたんだ?」
もう、お父さんに知らせ済みなのか。
「一般人相手だから控えめに対処しろって言われたっちゃ。出来るだけ優しくしろって」
「なんだ?潰さないのか?」
「やりそうになったら動くことにしたんよ。表のことやから。あまり、裏が関与するのはよろしくないって。まぁ、坊ちゃんに動いてもらうようにやるっちゃ」
「つまり、直接的な行動は坊ちゃんが失敗してからか。さっき、ガキじゃ無理って言ったろ」
「無理でもやってもらうんよ。死にそうになったら嫌でも対処するやろ。まぁ、どっちも自滅やろなぁ。いや、そうさせるっちゃ」
「自滅か。それはいい。こっちの被害がなくて簡単だ」
アレ?
なんだか、凄く危ない話をしてない?
この2人、どんな会話をしているのかちゃんと理解しているよね?
まさか、ワザと打つかるようにお膳立てするつもり?
だから、裏じゃないって。
「ねぇ?その自滅って、危ない意味の自滅?それとも、優しい意味の自滅?」
「嬢ちゃん。優しい意味の自滅ってなんや?そんなんあるか?」
「………………いや、優しくしろって言われたでしょ」
「あぁ!アレは………………まぁ、うん。色々あるっちゃ!」
お父さん。
海に頼んで良かったの?
この人、加減しないかもしれないよ。
「お前は、いつも通りに過ごせばいい。冷たい態度を取ったりすると目を付けられるかもしれないしな。少しでも面白くない態度をしたら、呼び出されるかもしれないぞ。最初から急に襲ったりはしないだろ。忠告から始まって酷くなるって感じだろ」
確かに、光さんのいう通りだ。
いつも通りに過ごせと言われても。
イラッとするんだよなぁ。
こういう時に感情欠落していたら便利なのに。
そしたら、イライラもしなかったはずだ。
「冷たい態度でも話しても目を付けられるなら、何をしても意味ないですね」
「だな。馬鹿らしく感じるだろ?もっと気楽に考えろよ。他の男子にも話しかけたりしてみろ」
「私なりに頑張ってます」
「そうか。もっと頑張れ」
チームにもう1人男がいれば良かったのに。
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