サークル

第2話

あぁ、今日は最悪な日なのかもしれない。


やってしまった。


盛大にやってしまった。


目覚まし時計の意味を私に教えて下さい。


気持ち良さそうにベッドの上で寝ているケイを叱りつけたい気分をどうにかして下さい。


この盛大な寝坊はケイが原因なのに。



「凛!!!何してるの!早く降りて来なさーーーい!!!早くしないと乗り遅れるよ!!急いで!もうギリギリ!いや、これはもう駄目か?全く、寝坊なんてして!何度呼んでも起きないし!高速バスは本数少ないの!電車じゃないんだからね!!」



朝からお母さんの怒鳴り声は頭に響く。


そして、家の外にも響いてることだろう。


あぁ、椎名さん家の娘さんは寝坊しちゃったのねって近所のおばさんが思っているだろうな。


バタバタと階段を駆け降りて玄関に向かう。



「行ってきます!」



「はい、いってらっしゃい!気をつけて行きなさいね」



パジャマ姿のお母さんにチラッと見てから外に出た。


駐車場では既にお父さんがエンジンを掛けて車の中で待機している。



「お父さん。ごめん」



「あーっ、ギリギリだねぇ。寝癖も服も大変なことになってるよ。ボタン」



短大に入学して1ヶ月。


この1ヶ月、お父さんに高速乗り場まで送ってもらっている。


車の免許を取得したのはいいが、お父さんもお母さんも車で通うのはまだ危ないからしばらくは高速バスで通うように言われた。


休みの日は私の運転で近くのスーパーまで行くのだが、なかなか合格が貰えないのだ。


いつになったら合格貰えるのか。


車はあるのに1人で運転が出来ないなんて、駐車場に飾っているようなもんだな。


高速バス乗り場に着くとすでにバスが到着していた。


どうやらギリギリ間に合ったらしい。


急いで車から降りてバスに乗り込む。


バスの中はまだ早い時間なのに結構乗客がいる。


高速バスで1ヶ月通っていると気づくことがある。


結構、高速バスで通学や通勤している人がいるってことだ。


それが嬉しかった。


空いている席に座ってからゆっくり深呼吸をする。


それから、鏡を出して寝癖をどうにかしようとしたがピョンピョン跳ねている髪は意外と強い跳ね方だったらしく直らなかった。


寝坊しました感を出しながら短大に到着すると、後ろからポンッと背中を軽く叩かれた。



「おはよう。椎名さん。寝癖酷いけど。寝坊したの?」



私より身長が高くてショートカットの髪型をしている大塚さんが話しかけてきた。


初授業のその日に声を掛けてきた彼女は東賀さんの娘さんでしょ?と言ってきた。


お父さん目当てかと思ったが、彼女の目はドロドロした感じはなかった。


ただ、純粋にただ聞いただけって感じだ。


最初の始まりが良ければあとは簡単だ。


お昼ご飯を一緒に食べたり、休み時間を一緒に過ごす仲になった。



「うん。バスに間に合って良かったよ」



「珍しいね。いつもキッチリしてるのに。椎名さんもそんなことするんだね」



「昨日はケイの機嫌が悪くて。寝てるときに飛び乗ってくるの。何度も起こされて」



「猫ちゃんが?」



「昨日、病院に連れて行ったの」



「病気?」



「予防接種と健康診断。ケイったらとても分かりやすいくらい不機嫌になるから。そこも可愛いけど」



家に帰っても寄り付かなかったのに、寝ているときに飛び乗ってくるとはやめてほしい。


寝させてほしい。


お陰様で寝坊しちゃった。



「日向君!おはよう!!」



どこからか元気な挨拶が聞こえる。


大塚さんもそれが聞こえたのか顔を顰める。


あぁ、きっと嫌なんだなぁ。



「日向君。今日のお昼ご飯一緒にどうかな?日向君が好きって言ってたプレーンのドーナツ作ってきたの。」



「残念ね!今日は私と約束してるの!私はチーズケーキ作ってきたの。自信作!」



なんだか、アホな会話に聞こえるのは私だけ?


毎日毎日、貢ぎ物を準備するなんて疲れないのだろうか?


というか、彼はそれを毎回無視してるけど。


声が聞こえる方向を向くと、やはり無視をしている日向がいた。



「いつもいつも大変だねぇ。毎日毎日、うるさいね。贔屓して欲しいからって。まぁ、親がアレだからね。実際、引抜きとかしてるらしいよ。腕は確かだからね。そんな人の近くで働けるのは凄いことだと思うけど。アレはないよ。椎名さんみたいにすればいいのにね。いやぁ、あれは良かったよ。ズバッと言った椎名さんがカッコイイって思ったよ」



大塚さんが言っているのは入学してすぐのことだろうか?


明らかにお父さん目当てで近づいてくる人達に向かって言ったことがある。


【私は東賀誠也ではない。私は私だから】


言った後に後悔はした。


言い方というものがあるだろうに。


ここは学園ではないのだ。


【私】を知らない人達なのだから。



「あ〜ぁ、あれは全く聞いてないね。顔もいいからねぇ。家柄もいいし」



日向という苗字を最初聞いた時は、なぜ製菓学科にいるのかと思った。


調理科の説明を受けていたはずなのに調理科に行かなかったらしい。


製菓学科で良かったのだろうか?


調理科と製菓学科では教わる内容が違うのに。


なぜ、調理科の説明を受けていたのだろうか。


まぁ、あまり深く考えることではないか。

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