公爵様に溺愛されたい?渋いわねぇ

 未子みこは今日も神殿で転生者を迎える準備をしていた。鏡に映る自分の姿を見て、「今日もバッチリねぇ」と満足げに微笑む。


 困ったことに、このポンコツ。なんだか最近、女神が板についてきたわよねぇと自己肯定感に溢れているのである。


 その時、魔法陣が輝き、一人の女性が現れた。20代後半の美しい女性で、うるうると涙ぐんだ瞳をしている。


「あれ?私、たしか病室のベットで……死んだはずじゃ」


「はいはい、ようこそ〜。どんな異世界転生の希望でもぉ、完璧にこなせるエリートな女神、田中未子たなかみこですぅ!よろしくねぇ」


「え!ここって異世界転生の神殿なんですね!女神様、よろしくお願いします!」


(あらぁこの子、素直で素敵ねぇ。さて、どんな願いかしら?)


「それじゃ早速、あなたのご希望を聞かせてちょうだい!なんでもいいのよぉ!わたしってエリートだから!」


 前のめりでふんふんと鼻息が荒い女神に、若干引き気味の女性だったが、意を決して自分の希望をぶつけてみた。


「あの!私……異世界で『公爵に溺愛されたい』んです!……言っちゃった」


 すると未子はニコッと微笑んだ(ん〜?こうしゃくってなんだっけ)。


 そして、分かってないのを悟られないように、神殿の柱の間を行ったり来たりしながらありったけの思考を巡らせた。


(あ!講釈こうしゃくじゃない?それって講談のことよね!そういえば最近、女性の間でも講釈師とか寄席が流行ってたわよね!彼女もそのファンなのね!)


「わかったぁ!あの『講釈こうしゃく』が好きなのよね?」


「はい!あの『公爵こうしゃく』です!」


「一応聞くけど、古典的なあの『講釈こうしゃく』のことで……合ってるよね?」


「そうです!たしかに『公爵こうしゃく』て聞くとお堅い古典的な印象ですけど、最近の転生ものでは女子に大人気なんですよ」


「分かるわ〜!流行ってるもんね、最近はイケメンも多いのよね!」


「ですです!分かってくださって嬉しいです!つまり『公爵こうしゃく』の溺愛できあいが欲しいんです!」


出来合いできあい?それって既製品とか作り置きの料理って意味よね……)


「え?出来合いできあいでいいの? せっかく異世界なのに、なんか中途半端じゃない?」


「え?まさか溺愛できあいよりもっとすごいのが……あるんですか?」


 女性はその言葉に、目を見開き、顔を赤らめながら唾を飲み込んだ。


「あったりまえでしょ!任せて!」


 未子は腰に両手を当て、自信満々に頷いた。そして設定リストを眺める。


(どれどれえーっと……あ!まさにピッタリなのがあるじゃないの!)


「おっほん!えーあなたには『お茶子から天下無双の講釈師になる』って設定をプレゼントしちゃう!」


「え?お茶子?から公爵使こうしゃくしになるですか?」


「あ、お茶子しらない?えーとなんて言えばいいかな、異世界風にいうと……メイドのことよ!」


 それを聞いて女性はぼんやりと思考したあと目を輝かせる。


「なるほど!ただの公爵こうしゃくのメイドだったのに、そこからあがっていくパターンですね!」


「そうそう!まさにそれよ!」


「わあ最高の設定じゃないですか!ありがとうございます!」


「これでいい?他にも希望があれば言っていいのよ」


 すると女性はもじもじしながら話し始める。


「あの……どうせだったら、仕事中はすごく冷静でクールなのに、私の前では本音を曝け出すような、ちょっとツンデレタイプの『公爵こうしゃく』様が好みなんですけど……」


 すると未子はにっこりとしながら応える。


「それなら大丈夫よ!『講釈こうしゃく』やってる人なんて、だいたいそんな感じだからね!(あの有名な人もそうだんもんね)」


「もう、最高です!うれしいです!」


「そうそう、あなたには【古典に覚醒する者】ってチートを授けるわ!これで思い通りの展開になるわよ!」


「え?チートまで!ありがとうございます!」


 大満足している女性の様子に気分をよくした未子みこは女神の杖を振り上げた。


「それじゃあ、いってらっしゃ〜い!」



 ◇ ◇ ◇



 目を覚ますと、彼女は古風な演芸劇場の舞台裏に立っていた。そこには華やかな着物を着た人々が行き交っている。


「え?ここは異世界?……なんか日本ぽいんだけど」


 すると一人の渋い男性が近づいてきた。彼はこの世界で大人気の講釈師だ。


「お嬢さん、新人のお茶子さんかな? 初めて見る顔だけど。」


「はい、でも、え、あの、もしかしてあなたは……?」


「僕はこの劇場で『講釈こうしゃく』をしている者さ。君、『講釈』が好なのかい?」


「はい!『公爵こうしゃく』に出会いたくてここに来ました!」


 すると彼は優しく微笑んだ。


「若い女性に興味を持ってらうのは嬉しいな。特等席に案内するよ。」


(和風だけど、さすが『公爵こうしゃく』ね!渋いイケメン!私、これからこの『公爵こうしゃく』様に溺愛されるのかな……むふ)



 特別席で初めての寄席を体験した彼女は【古典に目覚めし者】が発動し、えらく感激しつつ、その芸能の素晴らしさに魅了されていた。


 そして寄席を終えた楽屋で、講釈こうしゃく師と楽しく会話をしていた。


「君、一度見ただけで、そこまであの話を理解していたのか?しかもその解釈まで……もしかして才能があるのかもしれんな」


「あ、あの!私を公爵こうしゃっく様の弟子にしてください!」


「うむ。しかし古典芸能の道は厳しい、僕はかなり厳しいけど耐えられるかい?」


(もしかして、これって公爵こうしゃく様に溺愛されるチャンス!?)


 女性は目を輝かせ興奮する。


「はい!ぜひよろしくお願いいたします!」


 こうして、未子の勘違いから生まれるドタバタ劇は今日も続くのだった。

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普通の主婦が転生の女神として奮闘中ですが異世界知識はゼロです! 月亭脱兎 @moonsdatto

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