第5話 働きたく無いので超能力でスローライフ

 未子は今日も神殿で転生者を迎える準備をしていた。


 転生者にチート能力を授けるのはすっかり慣れたものの、彼らの奇妙なリクエストに振り回されることが多く、なかなか気が抜けない。今日こそは、普通の転生者が来てほしいと願いながら、神殿の床が光るのを見つめていた。


 やがて、転生者が現れる。疲れ切った様子で、目の下には濃いクマを抱えた20代の男性が、フラフラと立ち上がった。


「いらっしゃいませ〜!ここは異世界転生をお手伝いする神殿です。転生の準備はいいですか?」


それを聞くと彼は不機嫌そうに呟いた。


「おいおい目覚めが転職センターかよ……もう働くのはこりごりだよ……」

 

 未子はその言葉に一瞬驚いたが、笑顔を作り、丁寧に迎え入れる。


「あ、えーと、転生の神殿ですよ〜」


「転生?……似たようなもんだろ?どうせ次もブラックなんだろうな……もう俺、疲れたんだよ、これ以上こき使われたくないよ!」


 未子は予想外の反応に戸惑いながらも、転生者の勘違いに気づかないまま、いつものように対応する。


「え、えっと……行くのは会社じゃなくて、異世界転生といってですね、チート能力もらって、色んな冒険をしたり活躍したりするんです!」


「ああ……なんかネットアニメでそういうの見たな!別の世界に行って、勇者とか大賢者とかになるやつでしょ!」


 未子はやっと話しが通じたことに嬉しくなり、気分も乗せられて話を続ける。


「そうそう!ただ勇者や大賢者じゃなくても、異世界ではいろんな設定が選べますよ。この前の人なんて、魔法学園の教師に転生しましたよ!」


 その言葉を聞いた転生者の目が、どんよりと曇った。


「あのね俺、もう何もしたくないんだ。そういう職業に就くのすらいやなのよ。異世界行ってまで働きたくないし、誰も来ない超田舎で、のんびりスローライフとかしたい……」


 未子は彼の頑なな「無気力」に驚きつつも、チートのリストを見ながら考える。


(何もしたくないって……この人、本当に怠けたいんだな。でもせっかく異世界に行くんだから、便利な能力をあげないと、さすがに生きていけないよね……あー!これいいじゃん!)


 未子はひとつの最強チートに目を留めた【全知全能者】。これなら、色んなチートがセットになってるから、楽にスローライフが送れるはず。


「決めた!あなたには、【全知全能者】のチートをあげますね!これにはいろんな力がセットになっていて、すごく便利なんですよ!」


 転生者は少し疑問げに彼女を見た。


「【全知全能者】?名前がなんかやばそうだけど、具体的にどんな能力なの?」


 未子はリストを指しながら、得意げに説明を続ける。


「えーとまず『未来予知』明日の天気がわかります!それに『空間操作』で重いものもを簡単に動かせそう!あと『瞬間転移』で危ない時はすぐに逃げられるでしょぉ〜それから『全知全能』だから自分で考えなくても全部うまくいく!えーと『全属性魔法』はなんだろう、たぶんハッピーセットみたいでお得ってことかな!どうよこれ!」


 未子の説明を聞いた転生者は、一瞬ポカンとした顔をしたが、次第に笑顔になった。


「……たしかに、それなら働かなくても生きていけそうだね……特に自分で考えなくても良いって最高じゃないか!だらだらと無気力にスローライフを送れるじゃん!」


 未子は彼の反応に満足し、さらに力を込めて言った。


「そうよ!これで何も心配いらないわ!田舎でのんびりスローライフを楽しんじゃえ!」


 転生者は感謝の言葉を述べ、異世界での生活に期待を膨らませながら神殿を後にした。


 ◇◇◇



 青年は異世界の王国の国境の端にある田舎町に転移し、そこからさらに奥地の山小屋へと移動した。見渡す限り、雄大な自然に囲まれ、誰にも邪魔されることのない完璧なスローライフが待っている……そう思ったのも束の間、彼は突然頭の中に不安な映像を見た。


「え……これ、未来予知……?」


 彼が見たのは、まもなく魔族の大軍勢が国境を超えて侵攻してくる光景だった。


「いやいや、こんなのほっとけばいいわ」


 しかしこの場所は国境から近い。放っておけば、この静かな村が戦場に巻き込まれてしまうのも時間の問題だ。


「悪いが俺は関わりたくない!さっさとどこか遠くに瞬間転移しよう!」


 青年はそう決意し、すぐに安全な場所に転移しようとした。しかし、頭に浮かんだ唯一の転移先は、未来予知で見た国境の戦場だった。


 しかも転移した先では、目の前の国境の溪谷から魔族の大軍勢が目の前に迫ってきていた。


「おいおい!何でこんなところに来ちまったんだよ!」


 目の前には数万の魔族の軍勢。青年は何とか逃げる時間を稼ごうと考えた。


 ——全知全能がアクティブになりました

『解:空間操作が有効です。魔王軍の上方にある岩山を利用してください』


「え?なに今の声、じゃとりあえず……空間操作で、あの山の岩を動かしてみるか……」


 軽い気持ちで空間操作を発動すると、彼の力はあまりにも強大で、山の岩どころか、山全体を動かしてしまった。魔族の大軍勢は頭上から突然、大規模土砂崩れに襲われ、大軍勢が一瞬で壊滅してしまった。


「……いや、そんなつもりじゃなかったんだけど……?」


 青年が呆然とする中、その様子を見守っていた王国軍の兵士たちは大歓声を上げ始めた。


「おお!なんという力だ!神が我々を助けてくださった!」


「彼こそが伝説の救世主だ!勇者だ!大賢者様だ!」


 あっという間に、青年は王国軍の英雄として崇められてしまう。


「ちょ、待てよ!俺、スローライフを送りたいだけなんだよ!こんな英雄になりたかったわけじゃないんだ……!」


 彼の望んでいた静かなスローライフは、目の前の山の様に、一瞬で崩れ去ってしまったようだ。

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