第3話 悪役令嬢ざまぁ回避ってなに?

 未子は、神殿の鏡の前で軽くため息をついていた。


 最近、転生者に「チート能力」を与える仕事には少し慣れてきたけれど、毎回奇妙なリクエストに振り回されている。


 今日もまた、一筋縄ではいかない転生者が来る予感がしてならない。


 すると神殿の床が再び輝き、次の転生者が姿を現す。


 今回やって来たのは、どこか不安そうな顔をした20代前半の女性。長めの前髪が目を隠し、控えめな服装をしている。


「いらっしゃーい!ここは異世界への転生をお手伝いする神殿です!」


 しかし彼女は未子に視線を合わせようとはせず、もじもじしながら小さな声で話し始めた。


「……あ、あの、転生の、こと、ですけど……私、勇者とか、ヒロインとじゃなくて……悪役令嬢に、なりたいんですけど……」


 未子は思わず「え?」と聞き返した。


「えっと、悪役……令嬢?」


「そ、そうです……あの、悪役令嬢です……わかりますよね、女神様?」


 未子は内心で完全に困惑していた。異世界に行けるのに、わざわざ「悪役になりたい」というのはどういうことなのか、全く理解できなかった。そもそも、「悪役令嬢」って何?


(え?……この子、大丈夫なのかな?悪役って普通、勇者とかに倒される側でしょ?なんでわざわざそっちへ……?それに、令嬢って?)


 未子は彼女の精神状態を少し心配し始めたが、彼女はさらに説明を続ける。


「それで……あの、ちゃんと、没落貴族になって、ざまぁ回避をやりたいんです……」


「没落?ざ、ざまぁ回避……?」


 未子はますます意味がわからなくなっていた。「悪役令嬢」とか「没落貴族」とか「ざまぁ回避」という単語が次々に飛び出してくるが、未子にはそれが何を指しているのか全くわからない。


(没落貴族って、貴族が没落する話?酷い目に遭いたいってこと?しかもざまぁ?を回避するってどういうこと?この子、本当に正気なの?)


 未子は内心で完全に混乱しながらも、なんとか話を合わせようと頑張った。


「え、えっと……じゃあ、悪役令嬢として転生したいってことですよね?えーっと……大変な目にわざわざ遭いたいの?」


 女子は首を小さく振り、少し焦った様子で答えた。


「ち、違います!悪役令嬢は、最初はざまぁされて没落するんで酷い目に遭うんですけど、最終的には、ざまぁ回避をして、褒められて、愛されて幸せになるんです……そういうの、やりたいんです……」


 さっぱり意味がわからないが、わからないなりに未子は頭脳をフル回転させてみた。


(わざわざ大変な目に遭いたいってことは……もしかして、この子って、ドM系?あら~、まあ個人の自由だけど……私もどっちかっていうと、Mっ気あるほうだから、まあ、わからなくもないわね……)


 未子はそう勝手に解釈し、照れながら内心で納得してしまう。


(きっとこの子、痛い目に遭いたいんだ……好きなだけ自分で大変な目に遭いたいのよね……ああ、でもそこまで自分を追い詰めたいなんて、なんだか健気ね)


 未子は心の中で彼女のリクエストを勝手に「M願望」と解釈し、彼女にふさわしいチートを探し始める。リストを眺めていると、ある一つのチートが目に留まった。


【異常な回復力・不死】


(これだ!どんなに痛い目に遭っても、このチートがあれば平気!大変な目にあってもすぐに回復して、何度でも復活できるって完璧じゃない!超M向きよこれ!)


 未子は満足げに頷き、彼女に向かってにっこり微笑んだ。


「わかったわ!あなたにピッタリのチートがあるの。これがあれば、どれだけ痛い目に遭っても、すぐになんとかなる!」


「え、それは……ざまぁ回避ってことです……?」


「そうよ!それ!あなたが悪役令嬢としてどんなに辛い状況になっても、このチートがあれば大満足間違いなしよ!」


 未子は勝手に「彼女はM願望で、痛い目に遭うことを楽しむんだ」と解釈していたため、異常な回復力を与えれば完璧だと思い込んでいた。


「これでどんな状況でも、ざまぁされてもすぐに回避できるし、すぐ復活して大満足でしょ!その悪役令嬢の生活が楽しくなるわよ!」


「あ、あの…私、性格が暗くて、コミュ障っていう感じなんですけど……ちゃんと愛されます……か?」


「ま、まあ、いろんな趣味の人がいるから大丈夫よ!攻め?の人からすれば、あなたこそ女神みたいな存在だと思うわよ!」


「えっ、本当ですか!?やっぱり女神様はわかってくれてますね……じゃあ、私は悪役令嬢に転生して、そのチートでざまぁ回避をしますね!」


「う、うん!それで、いっぱい攻められて幸せになれるはずよ!」


 未子は必死に話を合わせながら、彼女【異常な回復力・不死】を与えることにした。


「よし、じゃあチートを授けるわね!慣れるまでは大変でしょうけど、だんだん良くなるはずよ!」


「ありがとうございます!これで私も異世界で、悪役令嬢として転生して……」


 彼女は目を輝かせながら、期待に満ちた表情を浮かべた。未子も彼女の行く末を想像しながら満足した。


 もちろん、二人が描いてる未来図はまったく違うものなのだが。


(なるほどねぇ、ざまぁ回避っていうのは、ドMをとことん楽しむっていう意味なのか〜また勉強になったなぁ)


 そうして根暗な女の子は、未子へ感謝の言葉を述べながら魔法陣の中に消えていった。


「転生の女神って人の役にたてる仕事なんだ……結構楽しいかも!……でも、悪役令嬢って結局何だったんだろう……?」


 未子のポンコツな女神生活は、まだまだ続く——。

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普通の主婦が転生の女神として奮闘中ですが異世界知識はゼロです! 月亭脱兎 @moonsdatto

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