File.1 十七夜高校密室事件
File.1-1 不運とビビりとドジと
休み時間。守は混乱していたせいで授業内容が右耳から入って左耳へ抜けて完全に素通りしてしまっていたが、気を取り直して隣の銀髪少女へ話しかける。
「煌さん、でしたよね」
「ひゃい!」
彩瞳の上ずった返事に守も飛び上がる。一つ一つの彼女の挙動はオドオドしており、本当に以前出会った人物なのか疑問を感じてしまう。同一人物なのは分かり切っている。しかし余りの違いにまだ信じ切れていない自分がいる。
「前に会った時と結構雰囲気というかなんというか…違う……ね?」
守としてもオドオドしてしまう。戸惑いが隠せず、その動揺は声にしっかりと顕著に現れていた。
「ご、ごめんなさい!」
そしてゴンとまたしても鈍い激突音が炸裂した。机と頭の激突音である。
「痛あい」
守はくっきりした既視感を覚える。既視感というかつい何時間か前にも見た光景だ。
「えっと、大丈夫?」
「ご心配なく! こ、これでも、探偵やらせていただいてるので」
「たん…てい…?」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。だがあの喫茶店での姿を思い出して、一応は納得する。
「あぁ。喫茶店での推理には感銘を受けた。改めて礼を言わせてくれ」
「た、たまたま居合わせただけなので…」
彩瞳はずっとそっぽを向いたまま言葉のキャッチボールが続いていた。
何がどうなってるのか、守はひたすらに混乱を極めた。
「わ、私、普段はこんな感じで……誰かと、は、話すのも得意じゃなくて…」
「そうなのか。あの時は全くそんな感じはしなかったんだけど」
「はい…あの…『推理を披露』する時だけ、あ、あんな感じ…です」
真っ白な頬を急に赤らめて彩瞳は言う。
二重人格。そんな言葉が守の脳裏に浮かぶ。
だが、と守は思う。二重人格にしろそうじゃないにしろ、普通がこれだとすると果たして彼女は探偵として職務を全うできているのだろうか。
「なるほど…。探偵としてはもっと前から活動してるってこと?」
「そ、そうです! ペットの兎探しとか、浮気調査、とか」
現実的な依頼は来ているようだ。探偵としての仕事はしっかりこなせている、と守は解釈したのだが…。
「ただ、兎を見つけたと思ったら、た、平らな場所で躓いちゃったり、足で土をかけられたり、う、浮気調査の尾行が相手にバレちゃったり…浮気相手の人に怒鳴られて怖くて…」
訂正。この子は探偵に向いてなさすぎる、と守は改めた。
平らな場所で躓く。圧倒的にドジっ子属性。単に体幹や運動量の問題かもしれないが、探偵としてやっていくにはとても無視できない。
足で土をかけられる。不運すぎる。どんな場所で兎とチェイスを繰り広げたのか分からないが、これ無視できない。
尾行が相手にバレる。以ての外すぎる。全てが無駄になること間違いなしで当然無視できない。
怒鳴られて怖い。ビビりである。相手の感情に気圧されて萎縮してしまうのも無視できない。
守の結論として、彼女に探偵は務まらない。
「探偵に向いてないね」
無意識に守の口から本音が零れる。
彩瞳の目に涙がたまり、自分の発言に気づいた守はあたふたする。
「あ、ご、ごめん」
「いえ、本当のことですから…」
彼女の悲しんでいる表情はとても似合っていなかった。凛とした態度で推理を披露するあの表情こそ、彼女に最も相応しい。
咄嗟に守から提案する。
「俺が、君を一人前の探偵として生きていけるようにアシストするよ」
「え…?」
守の提案に驚いた彩瞳は、思わず守の方に振り向く。
「助けてもらった身で碌にまともな推理もできない俺が言うのもなんだけど…。俺は推理をしてくれた君の姿をまた見たい」
「こ、こんな私で大丈夫ですか…」
「大丈夫。俺を煌さんのワトソンにしてください」
(何かプロポーズみたいじゃんかこれ)
守は言った後に気づいた。
しかし、発言に偽りはなかった。あの姿をまた見たい。
二次元の探偵をも凌ぐような素晴らしい推理ショーが見れるなら、喜んで探偵の助手になる。
「あ、ありがとうございます。これから、ど、どうぞよろしくお願いいたします!」
そう言って頭を下げた。再び銀色の頭は机に衝突して探偵は悲鳴を上げた。
「痛っ」
空間認識能力が著しく乏しいのかもしれない。
「が、学校の案内をするからついてきてくれ」
守が目にしているだけで三度も彩瞳の頭は机にぶつかっているので、さすがに気が気でない。弾みで大事な頭のネジがどこか異空間に飛んで行ってしまうかもしれない。それを危惧した守は、とりあえず席を立たせてこのドジ現象を極力減らすことにする。
「は、はい!」
彩瞳が勢いよく立ち上がる。すべての挙動が怖い。
守が先導して教室を出て、廊下を五歩ほど進み、その後ろから彩瞳が追従する。
しかし、そこでドジ属性は力を発揮した。
「ぐえっ」
まさか、と守は振り返る。
彩瞳は早速、一歩目で顔面から廊下の床にダイブしていた。
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