第31話

試合当日。貴子が控室に入ると、有美子の姿があった。

「たかちゃん。久しぶりじゃない。」

と有美子が貴子に声をかけた。

「そういえば、有美子が二度目の日本タイトル防衛後にジム移籍したんだよね。移籍先のジムはどう?」

と貴子が有美子に聞くと、

「以前と比べて練習環境が変わったんだ。今の所属先のジムの会長は女性で元プロボクサーなんだ。私、結婚を機に今のジムへと移籍したんだ。まだ、できて新しいジムなんで、所属のプロ選手は私を含めて3人だから、ここのジムではエースとなってしまったんだ。」

と有美子が答えると、

「有美子のジムの会長。私達がプロデビューした頃は現役だったよね。話によると、有美子のジムの会長。プロボクサーになる前は、アイドルだったと聞いたけど。」

と貴子が言うと、

「実はそうなんだよ。会長の実家は不動産屋を経営していて、ジム開業へ向けて実家から多額の資金援助をしてもらったとの話をジムの近くに住んでいる住民から聞いたよ。ちなみに、ここのジムは地方から上京して入会した選手が多く、男子選手も所属しているジムの中では地方出身の女子の練習生の人数が圧倒的に多いんだ。男子選手が所属する他のジムと比べて衣食住に対する女子の練習生に対する待遇がいいみたいで、地方から親元を離れてプロを目指して入会した8人のうちの5人が女子なんだ。現在、ジムに所属するプロ選手3人のうち、私を含めて2人が他のジムからの移籍選手で、春先のプロテストで合格した3人目のプロ選手が練習生から育てた初めてのプロ選手となるんだ。今日、プロデビュー戦を戦うアトム級の塩見さやかは昨年の春に高校を卒業して香川県からプロを目指して入会。当日のイベントの最初の試合で晴れてプロデビュー戦を戦うこととなったんだ。」

と有美子は移籍先のジムの事情について話していた。貴子と有美子の久々の再会で話がはずんでいるうちに、会場の開門時間となり、観客が客席へと向かってぞろぞろと入りだしてきた。しばらくして、今日が誕生日のちえみが美保と共に貴子の控室へと案内された。

「ちえみ。誕生日おめでとう。」

と貴子が言うと、

「今日で25歳になりました。試合、がんばってね。美保ちゃんと一緒に客席から応援するね。」

と言って、客席へと2人は行ってしまった。貴子が試合へ向けてのシャドーボクシングを始めると、リング上では当日のイベントが開始され、リングアナウンサーから

「本日もご来場くださいまして誠にありがとうございます。」

とのアナウンスがあり、イベントが開始された。オープニングマッチに登場した有美子の同門で今日のリングがプロデビュー戦となった塩見さやかが青コーナーから登場。赤コーナーから登場となったプロで2戦戦って1勝(1KO)1分の成績の2児の母の森山愛梨と対戦となった。試合は4ラウンドを戦って判定となり、3人のジャッジの採点はポイント2-1のスプリットディシジョンで塩見さやかが苦しみながらもプロデビュー戦を白星で飾った。その次の試合からの2試合は男子の試合となり、当日のセミファイナルとなる4試合目に有美子がリングに登場。ミニフライ級の日本タイトル4度目の防衛戦となるタイトルマッチとなった。試合は2ラウンドTKOで勝利。試合終了後、控室に戻った有美子は一言つぶやき、

「減量が厳しくなった。この階級での試合は、この試合で最後にしたい。」

と主張しており、タイトル返上を示唆する一言となった。いよいよ、当日のメインイベント。貴子の初めての挑戦となるOPBF東洋太平洋タイトルマッチの順番となった。貴子は水色のリングコスチュームでリングに入場。今までは下はトランクスでの試合だったが、今回は初めての試みとなるスカート姿でのリング入場となった。赤コーナーからはチャンピオンとして3度目の防衛戦となる秋野屋まさえがトレードマークの緑色のコスチュームで入場した。両選手がリングアナウンサーから紹介され、レフェリーに呼ばれた両者はリング中央に行き、試合に対する注意事項を聞いた両者はグローブを合わせて間もなく試合開始のゴングを待つこととなった。

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