第25話

東京湾納涼船の合コンから1週間後のことだった。貴子は高校生の勇輔と共にジムの会長室に呼ばれた。

「今年の夏は北海道の陸別で合宿をしようかと、たかちゃんのトレーナーの有美が提案したんだ。勇輔を現役高校生プロボクサーとして売り込みたいのに、勇輔はK-1に憧れてプロテストを受けようとしないんだよ。そこでだ、たかちゃん。たかちゃんは勇輔の姉とは同じ高校の同級生で、たかちゃんと勇輔は同じ高校の先輩と後輩の関係だってね。今回の夏合宿には、たかちゃんは9月に入ると、すぐにタイトルマッチが控えているので炎天下の屋外でトレーニングをさせてはいけないと思うから是非とも参加してね。勇輔はプロテストを受験してもらいたいんで北海道の夏合宿で体を作ってプロテスト受験するのかを考えておけよ。」

との原島会長からの伝達があった。会長からの夏合宿の伝達が終わって会長室から出ると、

「今回の夏合宿は勇輔君も参加させる方針なので、おそらく8月の頭になる可能性が強そう。勇輔君は高校卒業後の進路は大学進学と聞いているので、夏休み期間開始直後の7月いっぱいは学校の夏期講習があるはずでしょ。」

と有美が言うと、

「7月いっぱいは夏期講習が組まれていて、夏休みに入って7月いっぱいは午前中は学校へと登校するので、練習は昼から入る予定にしている。」

と勇輔は答えた。

「会長は勇輔君を、うちのジム所属のプロボクサーにしたいと熱望しているようだけど、勇輔君はK-1という目標があるでしょ。」

と有美が聞くと、

「有美さんの言うようにK-1への憧れは強いよ。ボクシングの強豪校の華月学院は男子重量級の強豪選手が多く、卒業後の進路ではプロボクサーにならずにK-1や総合格闘技のリングに進出するケースが多いと聞く。俺もスーパーウエルター級で日本国内では体重の重たいウエイトだから、彼らがK-1に憧れるのは納得だと思う。」

と勇輔は答えた。

「私は会長とは違って、勇輔君のK-1行きには賛成の立場。高校卒業後はジムを移籍するつもりみたいだから、会長のことは気にしないでK-1に向けて、しっかりと体を作ればいいよ。」

と有美は勇輔を激励した。


 8月に入ると、すぐに貴子達と有美達の原島ジムに所属するボクサー達とトレーナー達は合宿先となっている北海道へとジムが用意した車を利用しての移動となり、大洗から苫小牧までの区間のフェリーを利用しての1泊2日の航海を挟んで合宿先の目的地となる陸別に到着。8月の初めの1週間の行程での陸別合宿がスタートした。合宿開始3日目のことだった。当日は天気が良く、あちらの方では珍しく日中は30℃近い真夏の陽気となった。しかし、陸別では横浜とは違い真夏の暑さとなっても、横浜での5月くらいの陽気の過ごしやすい気候となった。当日は、前日までの2日間は昼からも行っていた走り込みとトレーニングを午前中で切り上げ、午後からは自由時間として休養をさせる方針を有美達は示すこととした。午前中のトレーニングを終えると、宿泊先のホテルの食堂に春樹の姿があった。

「えっ。同じホテルで会うなんて偶然だよね。」

と、貴子が春樹に声を掛けると、

「こんなところで会うなんて偶然だよな。」

と、春樹は答えた。

「私、3日前の夜からジムの合宿で宿泊してるの。9月に入ると、すぐに試合が控えているんだ。勝てば東洋太平洋タイトルではあるけどチャンピオンになるんだよ。とにかく、世界チャンピオンになれるようにがんばるよ。9月の試合は応援してね。」

と、貴子はメッセージを送った。

「そういえば、貴子さんが今度対戦する対戦相手の祖父母が経営する旅館にも陸別に入る道中に1泊したんだ。旅館の中のあちこちに、貴子さんの対戦相手の選手のポスターを見かけたな。ここの旅館からは芦別温泉からも近いみたいだね。おそらく、今度の対戦相手は手強そう。世界タイトルを10度以上防衛しているチャンピオンを相手にも負傷判定という結果ながら引き分けに持ち込んでいるからKOされないことを願っている。試合、がんばれよ。」

と、春樹が言うと、

「はるくんが一番心配しているのは私がKOされるのではないのかということだろうね。勝って無事にリングから生還できるようにがんばるから。話は変わるけど、はるくんは列車の運転体験のために、ここに来たはずだよね。」

と、貴子が聞くと、

「そうだよ。今度は長距離コースの運転をするんでねー。このために、休みが多くもらえる幼稚園の先生に転職したんだからね。」

と、春樹は言った。

「話は石川あずさから聞いてたよ。やっぱりね。」

と、貴子は納得の様子で答えていた。

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