第12話

いよいよ、貴子の試合の順番がやってきた。試合前のリングアナウンサーからの紹介で対戦相手の西村江麗奈の紹介に対して、「日本人とロシア人のハーフ。母親はサハリン出身で自身も北海道稚内市出身。北海道とサハリンの友好の架け橋。」と紹介される一幕もあった。この試合には、対戦相手の西村江麗奈のサイドには、ユジノサハリンスクから江麗奈の2人のいとこが応援に駆けつけていた。試合開始のゴングが鳴った。試合は序盤の第1ラウンド開始から1分を過ぎたあたりで一気に試合が動く展開となった。貴子の一瞬のスキを見逃さなかった江麗奈の右フックが貴子の顔面に直撃。貴子はダウンを喫した。ここの場面では立ち上がったが、早いラウンドでのKOを狙った江麗奈は一気に貴子をコーナーに追い詰める展開となり、必死でクリンチで逃れる一場面もあった。しかし、試合開始2分以内での決着を目論んだ江麗奈だったが、1ラウンド終了のゴングが鳴り、1つ状況が異なればKO負けの危機もあった貴子はゴングに逃れる展開となった。第2ラウンドも江麗奈のペースで試合が進み、前半の3ラウンドを終了した時点で貴子は江麗奈をKOしないと勝てる可能性はほとんどない状況へと追い込まれることとなった。客席で応援していた有里も貴子が日本チャンピオンから陥落するのではと不安に思っていた。しかしながら、第4ラウンド開始1分が近づこうとしていた時間帯に江麗奈のガードのスキを見た貴子は、ここがチャンスとばかりに左フックを出し、これが江麗奈のアゴにヒット。ダウンを奪い返すこととなった。ここでは立ち上がった江麗奈だったが、このダウンを分岐点に貴子が試合の主導権を握った。第4ラウンド終了後のインターバルで貴子のセコンドに入っていた有美が、

「この試合は判定になったらチャンピオンの座から追われる可能性が強い。とにかく、倒しに行くぞ。」

との指示があった。一方の江麗奈のサイドは、

「相手は必ずKOを狙って来る。むやみに打ち合うな。」

との指示がセコンドから出ていた。第5ラウンド開始のゴングが鳴った。江麗奈は第4ラウンドでのダウンのダメージから少しばかり距離を置くカウンター攻撃狙いのボクシングとなった。だが、一気に急転直下することとなった。ラウンド終了30秒前だった。江麗奈のガードのスキを再度見つけた貴子は右フックを出し、江麗奈の顔面に直撃。江麗奈は2度目のダウンを喫した。江麗奈からダウンを奪った貴子はニュートラルコーナーへと下がった。最終的に江麗奈は立ち上がることはできず10カウントを聞く結果となり、判定となれば不利な試合展開となった貴子がKOを決めて鮮やかな逆転勝利となり2度目のタイトル防衛に成功となった。試合終了後、江麗奈は立ち上がることがしばらくできずリングドクターからのドクターチェックを受ける一幕もあり最悪の場合は担架で運ぶ準備もしていたが、自力で立ち上がった。アマチュアでは無敵とも言われた江麗奈がプロの世界の厳しさを初めて味わうこととなった。2度目のタイトル防衛に成功してチャンピオンベルトを肩にかけた貴子の前に江麗奈が歩み寄り、

「ボクシングを始めて初めてKOされた。貴子さん、あなたはチャンピオンだ。もっと強くなって再び対戦できるようにがんばります。」

とメッセージを送った。貴子がリングから控室に戻ると、さっきの試合のジャッジングペーパーの採点の記録を有美から見せてもらった。この試合、KOできずに6ラウンドまで戦って判定となっていたら貴子はチャンピオンから陥落となっていた採点内容だったことを目の当たりにした。江麗奈は今まで戦ったライバルの中では強敵だったことも明らかになった。

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