Case 2 解答編①



 迷宮都市シティ・オブ・ダンジョンは、新大陸の内陸にある。


 街から北側に10kmほど離れた場所には〝開拓者川〟が流れている。

 この川が、迷宮都市シティ・オブ・ダンジョンの物流の要だ。

 川の本流と街とは、半世紀以上前に掘られた運河で繋がれている。


 地下迷宮ダンジョンで産出したアイテムは、この運河を通って搬出される。

 また、食糧や衣類、武具、医薬品などの商品も、この運河から搬入される。


 迷宮都市シティ・オブ・ダンジョンの外れにある、運河と隣接する地域は、〝倉庫街〟と呼ばれている。

 その名の通り、レンガ造りや石造りの倉庫が軒を連ねているからだ。

 運河に向かって桟橋が何本も突き出しており、いくつもの船舶が係留されていた。


     ◇


 私たちが〝倉庫街〟に到着したときには、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 この時間、沖仲師おきなかせたちは酒を飲みに町の中心部へと繰り出している。

 周囲に人影はなく、月の光が運河の水面に反射しているだけだ。

 あと一週間ほどで満月だ。


 闇の向こうで、誰かの言い争う声が聞こえた。

「約束が違うじゃねえか!」

「そうだ! なぜ戦士のジョンがこんなことに――」


 私は一歩前に踏み出した。

 手かせはとっくに外されていた。

「動かないで!」

 人影に向かって、人差し指を突きつける。

 銀の腕輪が涼しげな音を立てる。

 私の指先から、ボッと青い炎が上がった。


「なっ、お前は――」

「この前の魔法使い……?」


 雲が流れて、月明かりが私たちのいる場所にも差し込んだ。

 倉庫と倉庫の間を走る、細い路地だ。

 剣士ソードマスターのジャックと、鍵破りキーブレイカーのジョージが、驚愕の表情で私を見ていた。


 さらに、彼ら二人から少しだけ離れた場所に、もう一人の人影があった。

 建物の影が落ちる場所に立っているせいで、顔は分からない。


「三人とも、そのまま武器を捨てて。少しでも変な真似をしたら、今度はズボンだけじゃ済まさない。腰から下を丸ごと吹き飛ばす」

 私は低い声で言う。


「へ、変な真似だとぉ? こっちのセリフだクソアマ!」

「話は聞いたぜ! お前がジョンを殺したんだってな!?」

 二人は武器を構えた。ジャックは剣、ジョージは棍棒メイスだ。

 闇の中に隠れたもう一人は、どうやら逃げ出す隙をうかがっているらしい。


 やれやれ……。

 私はため息を漏らす。

「リベットさんの言った通りの展開になりましたね……」


「うむ。まことに遺憾だ――」

 私の背後の闇から、ドワーフが姿を現す。

 黒い背広に、白いドレスシャツ。

 頭にはシルクハットをかぶっていた。


 リベットは単眼鏡モノクルの位置を直した。

「諸君、なぜアイラくんを殺人犯だと思う?」


 震える声で二人は答える。

「聞いた話じゃ、ジョンが死んだ晩に青い炎が目撃されたらしいじゃないか」

「そんな炎を操れるのは、この街ではその女一人だって話だぜ?」


 リベットはうなずく。

「その通り……。アイラくんを犯人だと示す強力な証拠は、炎の色だ。目撃者が複数いるのだから、目撃者であるヨイチ嬢の見間違いや勘違い、あるいは彼女が嘘をついているとは考えにくい。あの晩、たしかに〝潜る街〟では、特別な色の炎が上がったのだろう」


 リベットは懐から、小瓶を取り出した。

 瓶の中には、砂のような粉末が入っている。


「では、その炎の色を自在に操れるとしたら?」


 ジャックとジョージは、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。

「……は?」

 闇に隠れたもう一人が、びくりと反応したのが分かった。


 リベットは小瓶のコルク栓を抜き、中身の粉末を指先に取る。

 そして、それを私の指先に向かってパッパッと散らした。

 粉末が通過する瞬間、私の指先の炎が緑色に染まる。


「これは銅の粉末だ。金属を炎の中で燃やすと、炎の色が変わる――。これは〝炎色反応〟という、ごく初歩的な科学知識だよ」


「科学……」

「……知識?」

 ぽかんとする悪党二人。


 私は思わず訊いた。

「待ってください、リベットさん。たしかに炎の色は変わりましたけど……青というより緑に近い色では?」

「アイラくんの指摘は正しい。じつのところ、炎色反応で青色を作るのは難しいのだ。不可能というわけではないが、かなり複雑な金属粉の配合が必要になる。だからこそ、今回の事件は〝潜る街〟でしか成立しない」

「あの地区でしか――?」

 リベットは背後を振り返った。

「どうだね? あの晩、目にした光の色はこれだろう?」


 私の背後の暗闇から、ヨイチが現れる。

「――ああ、間違いない。あたしが見た光の色にそっくりだ」


「どういうことですか? 本当は緑の光を見たのに、ヨイチさんは青だと噓を――?」

「まあ、そう慌てるでない」

 リベットはニヤッと笑う。

「ときにヨイチ嬢、晴れた日の空の色は何色かね?」

「もちろん青だ」

「では、葉もの野菜の色は?」

「あたしらは、〝青菜〟と呼ぶねえ」

 リベットは私に目を向ける。

「……という具合に、東方の人々は青と緑をあまり厳密には区別せんのだ」


 なんてことだ。

〝潜る街〟の住人には、東方の出身者が多い。

 同じ色の炎を見ても、大抵の人が「青かった」と証言するだろう。

 そうなれば、ごくわずかに「緑だった」と証言する人がいても、見間違いだと判断されるはずだ。

 東方の文化のせいで、私は犯人に仕立て上げられるところだった。

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