Case 2 解答編②



 ヨイチはリベットの隣に立つ。

「〝科学〟とやらで、炎の色を自在に操れるとすると……。今回の事件は、魔法使いなら誰でもできるってことになるのかい?」

 リベットは肩をすくめる。

「いやいや、ヨイチ嬢。魔法使いに限りませんぞ」

「なぜだい? ジョンは火炎魔法で焼き殺されたんだろ?」


「そもそも、魔法で殺すというのが妙なのですよ」

 リベットは言う。

「魔法の犯罪は重罪です。逮捕されれば、魔女として火あぶりになる危険すらある。もしも、わしが魔法で誰かを殺すとしたら、あんな町中ではやりません。もっと人目に付かない場所で、こっそりとやるでしょう」

「でも、たとえば喧嘩になって、思わずカッとなって魔法を使ってしまったとしたら?」

「たしかにアイラくんなら、やりかねませんな」

 リベットは皮肉っぽく笑った。


 このドワーフは私のことを何だと思っているのだろう。

 たしかに私は、野良冒険者たちを魔法で攻撃したし、脅迫した。

 厳密にはあれも魔法犯罪だろうけれど……あの程度で逮捕されることはまずありえない。

 私は場所や状況をわきまえているし、手加減もしている。その程度の分別はある。


「しかし、ついカッとなって殺したのなら、言い争うような声や物音がするはずでは?」

「なるほど……。たしかにあたしは、そんなものは聞いていない。光を見ただけだ」

「したがって、計画的な犯行だと考えるのが妥当です。現場の状況を見たときから、わしは『魔法使いの犯行に見せかけて、罪を擦り付けようとしている』ように感じました」


「でも、そんなことが可能ですの?」

 私の背後の暗闇から、さらにもう一人の人物が現れる。

 キャメロン・ブリッジだ。

「火炎魔法も使わずに、人間一人を灰に変えるですなんて……」

 リベットは答える。

「いい着眼点ですな。じつは、犯人の条件として重要な点がもう一つあります。それは、大量の金属粉を用意できることです。ヨイチ嬢が目撃したのは、部屋の窓からも見えるほどの大きな光。それほどの炎の色を変えるには、必要となる銅の粉末も膨大になります」


「人間一人を灰に変えることができ、大量の銅粉を用意できる――。そんな人物がいるのか?」

 声の主は、シーバス・リーガル衛兵長だった。

 私の背後の暗闇から歩み出て、リベットのほうへと近づく。


「いるのですよ、この街に一人だけね。……ブリッジ嬢、明かりをいただけますかな?」

 ブリッジは短杖ワンドを振った。

昭光ルミナス!」

 呪文とともに、杖の先から眩い光が放たれる。


「うわっ!」

「くっ……!」

 野良冒険者の二人は、眩しさに顔を覆った。

 さらに、ずっと闇に隠れていた人物の姿が暴かれる。


 リベットはため息を漏らす。

「残念だよ、テルティウス」


 蘇生所の聖職者、テルティウスがそこにいた。

 法衣ではなく灰色のローブをまとい、頭には僧帽の代わりにフードを被っている。

 それでも、その顔は間違いなくリベットを生き返らせたその人だった。

 首には、金色のペンダント。散りばめられた宝石が、昭光ルミナスの光を受けてキラキラと光っていた。


「な、何かの冗談でしょう。リベットさん!」

 テルティウスは微笑んだ。

「〝潜る街〟の殺人、ですか? いったい何の話だか、私にはさっぱり――」


「それ以上の噓は、お前さん自身のためにならんぞ! テルティウス!」

 リベットは大きな声を出した。

「お前さんの犯罪には、関わった人間が多すぎる。リーガル衛兵長が念入りに捜査をして、一人も口を割らないと思うか? 何しろ相手は無法者たちだ。全員がお前を守るために黙秘してくれると思うのか?」

「犯罪だなんて、そんな……。私は殺人なんてしていませんよ?」

「ああ、そうだろう。お前さんは小悪党のなまくら坊主。人を殺すような男ではない」

 リベットは一歩前に踏み出す。

「お前さんの犯罪は、人を生き返していることだ」


 人を生き返すことが犯罪?

 どういう意味だ――?


 リベットは、リーガル衛兵長に向き直った。

「このテルティウスという男は、いわゆる〝闇蘇生術師〟なのですよ。ギルドに所属していない野良冒険者に対して蘇生術を施し、大金をせしめているのです」

「闇蘇生術師だと……!?」

 光魔法の使い手でありながら〝闇〟とは、なんたる皮肉だろう。

「この男は聖職者でありながら、夜な夜な歓楽街の売春宿で遊び歩いておりましてな。そのカネの出所を、わしは以前から妙だと思っておったのです。彼自身は、金属細工師として法具を作り、それを教会に売って稼いでいると言っていましたが……。そんな副業程度では、毎夜のごとく遊ぶなど不可能でしょう」

「……」

 テルティウスは硬い表情でリベットを見つめている。

 おそらく、まだ弁解の言葉を探しているのだろう。


 リベットは言った。

「しかし、闇蘇生術師という仕事には大きな危険が伴います」

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