Case 2 潜る街の殺人⑨



「発見者は?」

「あたしだよ」

 ヨイチが答える。

朝飯あさめし代わりの酒のつまみが切れてね。青菜の味噌スープでも作ろうと思って、近所の八百屋に向かったんだ。ここはその通り道なのさ」

「なるほど、なるほど……」

 リベットはかがみこんで、地面に残った灰を観察する。

「リーガル殿は『黒ずんだ灰』とおっしゃったが……。ヨイチ嬢、それは間違いありませんな?」

 ヨイチが答える。

「間違いないよ。……灰の色に、何か問題があるのか?」

「うーむ、今の段階では『ある』とも『ない』とも言い切れませんなぁ……」

 地面から顔を上げずにリベットは答える。

「それで……。その灰が『戦士のジョン』だったものだと、なぜ分かったのです?」

 もっともな疑問だ。

「わたくしが鑑別かんべついたしました」

 ブリッジが答えた。

「通報を受けて、パトロールの衛兵さんと共にこちらに急行したのです。先ほど申しました通り、現場には灰のほかに、衣類や防具も転がっておりました。そして、兜の内側にベッタリと血液がついておりまして……。その血液の持ち主と、灰の正体が同じ人物だと、光魔法を用いて確かめたのです」

 リーガル衛兵長が補足する。

「その防具が戦士ジョンのものだということは、酒場の客や冒険者たちの目撃証言から裏が取れておる」

 私は思わず言った。

「光魔法ですって? 教会の聖職者ならともかく、魔法使いのくせに個人が特定できるレベルの光魔法を使えるわけ?」

 ブリッジ嬢は「あら!」と声をあげる。

「あなたには使えませんの? 」

 そして思い出したように、ニヤッと笑った。

「そうでしたわね、ストラス・アイラさん。あなたは火炎魔法では傑出した才能をお持ちのようですが、他の魔法に関しては凡庸なのだとか?」

 嫌な女だ。

 リーガル衛兵長が、おほんと咳払いする。

「その点についても裏が取れておる。わが衛兵部隊では、遺体鑑別のために聖職者や光魔法の使い手を何人も抱えておる。彼らの意見も、この灰は戦士ジョンのものだという点で一致しておった」

「戦士ジョンのもの?」

 リベットがしゃがんだまま振り返る。彼は地面の黒ずみを指差す。

「この灰が戦士ジョンのものだとは限らないのでは?」

「わたくしの鑑別が間違っているとおっしゃいますの? 尊敬するリベットさんにそんなことを言われると傷つきます……」

 リベットは首を振る。

「いやいや、違いますよ。ブリッジ嬢。多数の目撃証言があるのなら、その兜はたしかに戦士ジョンのものだったのでしょう。また、あなたの鑑別が正しいのなら、兜に残った血痕は、灰になった被害者のものなのでしょう」

 リベットは目を細める。

「しかし、だからといって……。灰がジョンだったとは言い切れぬのでは? 別の誰かがジョンの兜を使った可能性はありますまいか?」

「おっしゃることは一理あると思いますけれど……。些細なことではありませんこと?」

「事件の真相に近づくためには、些細なことにほど注意を払わねばならんのです」


 リベットはおほんと咳払い。

「ちなみに……。戦士ジョンには二人の友人がいたはずですな? たしか、剣士ソードマスターのジャックと、鍵破りキーブレイカーのジョージとかいう――」

 リーガル衛兵長が答える。

「当局ではその二人の行方も追っておる。しかし、今のところ手がかりなしだ」

「そうでしょうなあ……。ギルドに所属せずに地下迷宮ダンジョンに潜ることは、ただそれだけで違法だ」

 たとえ仲間が殺されたとしても、野良冒険者が衛兵部隊に訴え出ることはまずない。

 自分自身が逮捕・投獄される覚悟が必要だからだ。


 リベットは地面に目を戻しつつ言う。

「確認したいことはまだあります。これが誰の遺灰であろうと、なぜ殺されたのが『昨夜未明』だと分かるのです?」

「それこそ、ヨイチ嬢の目撃情報があるからだ」

 と、リーガル衛兵長。

 ヨイチが続ける。

「順を追って説明するべきだったね。じつは昨夜、部屋で一人で酒を飲んでいるときに、この辺りが明るく光ったのを見たんだ。だからこそ、朝飯を買いに行くときにここを通ったんだよ。昨夜の光は何だろう、ってね」

 リベットは訊いた。

「見たのは光だけかね? たとえば言い争うような声を聞いたりは――?」

「――していない。あたしが見たのは光だけだ」

 ブリッジ嬢が補足した。

「同じ目撃証言を、この辺りに住む複数の方々から得ていますわ」

「となると、ヨイチ嬢の見間違いや勘違いというわけでもなさそうですな」

 リベットは立ち上がり、腕を組んで考え込む。

「うーむ……」

 リーガル衛兵長が言った。

「何か悩むことがあるか? 夜中に明るい光を目撃して、翌朝、その場所に人間の遺灰が落ちていた……。この状況を見れば、誰かが火炎魔法で被害者を焼き殺したことは明白だ」


 目を閉じたままリベットは答える。

「たしか……。魔法を使うと、その〝気配〟のようなものを感じ取れるのだとか?」

「ええ、感じ取れますわ」

「では、ヨイチ嬢は夜中にその光を目撃したときに、そのような気配を感じましたかな?」

 ヨイチは苦笑した。

「いいや、無理だね。この〝潜る街〟じゃ」

「ここでは、無理?」

 リベットが片目を開ける。

 魔法の使えない彼には、分からなくても無理はないだろう。


 ヨイチは左手を軽く振った。

 彼女の肩のあたりに、ひょうたん製の水筒がふわりと浮かび上がる。

 おそらく、酒を買うための容器だ。

「ご覧の通り、あたしら東方の者は〝妖術〟を日常的に使っている。あんたがたは〝魔法〟と呼んでいるが、まあ、同じようなもんだ。……この〝潜る街〟は魔法の気配に満ちているんだよ」

 ここで火炎魔法が一つ使われても、識別はまず不可能だろう。

 たとえるなら、大きな滝の前で、コップに一滴の水を落とす音を聞き分けるようなものだ。

 私たちの頭上では、洗濯物をぶら下げた物干しざおがフワフワと浮遊していた。


 リベットは顎に手を当てて、宙を見つめる。

「では最後に、これも確認しておきましょうか。さして重要な論点でもないのだが……。なぜアイラくんが犯人だと?」

「さして重要ではないですって? いちばん肝心なところじゃないですか!」

 私は思わず大声を出した。

「訊かずとも、答えはおおむね見当がついているからだ」

「見当ぉ?」

 リベットは衛兵長に目を向ける。

「炎の色、だろう?」


 リーガル衛兵長がうなずく。

「その通り」

「ヨイチ様、もう一度お答えくださいまし。昨夜あなたがご覧になった火炎魔法は何色でして?」


 ヨイチは答えた。

「――青だ」

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