Case 2 潜る街の殺人⑧




 私たち四人は、馬車で移動していた。

 目の前にはリーガル衛兵長とキャメロン・ブリッジが並んで座り、私とリベットはそれに向き合っている。

 馬車の客室は、お互いの膝がくっつきそうなほど狭かった。


 カポカポという蹄の音が響いていた。


「――という目撃情報があったのだ」

 有無を言わせぬ口調で、シーバス・リーガル衛兵長は言った。

 キャメロン・ブリッジが後を引き継ぐ。

「そして三人のうちのリーダー格、戦士のジョンが、昨夜未明、殺害されたのです」


 私の両手首には、金属製の手かせ。

 禁呪の魔法が込められているので、魔法を使って脱出することはできない。


「な、何かの間違いです! だって私は、昨夜は――」

「まあ、待ちたまえ。アイラくん」

 弁明しようとする私を、リベットが制す。

「わしらはまだ事件の概要を知らん。アイラくんは当然、濡れ衣だと主張するだろうが……。それは、詳しい事情が分かってからでも遅くないのでは?」

 私は眉をひそめる。

「まさかリベットさんまで、私が殺人を犯したと?」

 何が可笑しいのか、リベットは意味ありげにニヤリと笑う。

「現時点では、その可能性はゼロではない。なにしろ昨晩のわしは死んでおったのだ。君が何をしていたのか、知る由もない」

 なんてやつだ。


 ひとこと言い返してやろうと思った矢先、馬車が止まった。

「降りろ、〝潜る街〟に到着だ」

「うむ。ご快諾に感謝いたします、衛兵長」

 本当なら、私はこのまま衛兵の詰め所に連行されて、取り調べを受けるはずだった。

 リベットがどうしても事件現場を見たいと言ったので、衛兵長が便宜を図ってくれたのだ。


     ◇


〝潜る街〟の雰囲気は、この街の他の区画とそう大きく違わない。

 石畳の狭い道。

 左右にはレンガ造りの2~3階建ての住宅。

 とはいえ、一番歴史のある区画だ。石もレンガも古びている。


 料理の匂いがした。たしか「醤油」とかいう調味料の焼けていく匂いだ。

 東方の文字が書かれたお札が、街角のところどころに貼られている。


 さらに周囲には、魔法の気配が満ちていた。

 目を上げれば、空中に物干しざおが何本もフワフワと浮いていた。

 東方の民族衣装〝着物〟がぶら下がっている。


 東方の人々が魔法に優れており、日常的に使っているというのは本当のことらしい。


「――その子が犯人かい?」

 背後から呼びかけられて、私たち四人は振り返った。


 声の主は、浅黒い肌の女性だった。

(少なくとも私の目には)ナイトガウンかバスローブのように見える東方の民族衣装を着ている。

 豊満な胸の谷間が大きく露出していた。

 美しい銀髪を、肩にかかる程度の長さで切りそろえている。

 瞳の色は赤。

 そして何より目を引くのは、額から伸びた二本の角だ。

 彼女はオーガ――東方では「鬼」と呼ぶらしい――の女性だった。


「おや、まだ子供みたいな顔をしているじゃないか。人を殺せるようには見えないけど?」

 私の顔を見て、彼女は目を丸くした。

 ブリッジ嬢が大袈裟にため息をついてみせる。

「いいえ、ヨイチさま! わたくしはこの仕事を始めてから、人を見かけで判断できないと深く理解いたしました。虫も殺せぬような顔をした連続殺人犯など珍しくありません」


 シーバス・リーガル衛兵長が、リベットに向かって口を開く。

「彼女はヨイチ嬢。この事件の目撃者だ。貴殿の現場検証に立ち会ってもらうため呼び出した」

「わたくしの伝書魔法が無事に届いてよかったですわ♪」

 ヨイチは懐から二つ折りの便せんを取り出す。

「ブリッジさん、あんた腕のいい妖術使いだな。この手紙もついさっきまで動いていたよ」

 伝書魔法とは、文字通り、手紙を伝書鳩のように飛ばす魔法だ。この魔法をかけた便せんは、まるで鳩か蝶のように羽ばたいて宛先まで飛んでいく。


 ブリッジは軽くひざを折って会釈する。

「お忙しいところご足労いただき、大変恐縮です」

「いやいや、『ご足労』ったって、あたしの家はこのすぐ近くだ。それに、ヒマを持て余して昼間から酒を飲んでいたところだよ。今まで組んでいたパーティーが解散したばかりでね」


 リベットが言う。

「それで、殺人現場は?」

「こっちだ」


 衛兵長が案内したのは、表通りから角を二つほど曲がった路地だった。

 地面の一部が、黒っぽく染まっている。

 よく見ると、それは石畳のすき間に入り込んだ細かい灰だった。


 リーガル衛兵長が説明する。

「本日の早朝、ここで人間一人ぶんの黒ずんだ灰が発見された。灰の周囲には、鉄製の防具類や衣服の断片が転がっていた。いずれも高温で燃やされた形跡があった」

 人間一人分の灰だ。

 おそらく、ちょっとした山のような量だっただろう。

 生きた人間を短時間で丸ごと灰に変えるなど、たしかに火炎魔法でも使わなければ不可能だ。

 それも、高温の火炎魔法でなければ。


 リベットは訊いた。

「発見者は?」

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