Case 2 潜る街の殺人⑦



 一週間前――。

 ギルドからグレン・リベットを紹介される前日のことだ。


 私は酒場タヴァーン眠り龍亭スリーピング・ドラゴン」で、ぬるいビールを飲んでいた。

 店内は冒険者たちで賑わっている。

 どこかのパーティーが、大きな宝石箱を掘り当てたらしい。

 楽しげな笑い声が響いていた。


 一方、私はカウンター席の端っこで、ビールジョッキを揺らしてばかりいる。

 弟のキースを探しに地下迷宮ダンジョンに戻りたいのに、パーティーメンバーが見つからない。

 下宿の部屋で一人きりでじっとしている気になれず、酒場まで出てきたのだ。


 とはいえ、私はさほど酒を飲むほうではない。

 体質的には問題ない。

 しかし、酔ってヘラヘラと笑うことがたまらなく屈辱的だと感じるのだ。

 もしも私が、こういうときにヤケ酒を煽れるタイプだったのなら、多少は気分が晴れたのかな――。

 そんなことを考えていた。


「や、やめてください!」


 ざわめきの向こうに、小さな女の悲鳴が聞こえた。

 私はハッと振り返る。


「いいだろォ! 減るもんじゃねえし!」

「そうだよ! ちょっと撫でてあげただけじゃねえか!」

「どうせなら、もっと気持ちいい場所を触ってやろうか?」

 三人組の男がニタニタと笑いながら、給仕娘ウェイトレスに絡んでいる。

 筋骨隆々。見るからに前衛職の三人組だ。

 ゴツゴツした太い指で、娘の白い手首をつかみ、三人がかりでスカートをめくろうとしている。

 他の客たちは酒を楽しむことに夢中で、彼女の危機に気づかない。


「――やめなさいよ!」

 考えるよりも先に、私は叫んでいた。

 三人組はピタリと動きを止めて、私のほうを見る。


「おやおや、これは――」

「勇気あるお嬢さんの登場だ!」

「どうした? お前も混ざりてえのか?」

 三人は舐め回すような目で私を見る。

「ほほう……。顔は地味だが、カラダは悪くなさそうだ」

「服の上からでもと分かるぜ!」

「いいぜ! 五人で楽しもうじゃねえか!」


 できる限り、冷静な声で答える。

「あんたたち、どこのギルドの所属?」


 何が可笑しいのか、三人は爆笑した。

「ギルドぉ……?」

「あんな息苦しい場所、俺たちのほうから捨ててやったよ!」

「おかげで狩猟禁止生物も収集禁止アイテムも取り放題! 手数料も払わずに済むから丸儲けだ! 無所属フリーランスは最高だぜ?」


 ギルドに所属していない冒険者――。

 つまり、野良冒険者だ。


「俺は戦士ファイターのジョン!」

「オレは剣士ソードマスターのジャック!」

「おいらは鍵破りキーブレイカーのジョージだ!」

 ジョンと名乗った男は、気取ったポーズで会釈する。

「名前だけでも覚えてくれよ? 今夜、あんたは俺たちの誰かの子供ガキを身ごもるかもしれねえんだから」

 下品な冗談。三人は大声で笑う。


「二度は言わない。その子を放しなさい」

「何だァ? お前一人で俺たち三人を相手するってのか?」

「ええ、そうよ――」

 私は素早く腕を振った。

 銀の腕輪が鈴のような音を立てる。

「――あんたたち好みの遊びプレイじゃないけどね! 熱風刃ヒートブレード!」


 私の指先から、まるで鎌のような半月状の青い光がいくつも放たれる。

 それらは高熱でプラズマ化した空気だ。

 熱風の刃によって、男たちのズボンやベルトがズタズタに切り裂かれる。


「うわっ! 何だこれ!?」

「何をしやがった!」

「俺たちの服には、防御魔法をかけてあったはずなのに!」

 男たちは落ちそうになるズボンを必死で手で押さえたり、内股になって前を両手で隠したりしている。

 私は失笑した。

「防御魔法? そんなお粗末なが?」


 店内の他の客たちが、事態に気づいた。

 ざわめきが静まる。

 客たちはひそひそと耳打ちしながら、私たちのほうを見ている。


「それで少しは脳みそが冷えたでしょう? せっかく風当りを良くしてあげたんだから」

「脳みそ……?」

「あら? ごめんなさい。あなたたちは下半身そっちに脳みそがあるんじゃないの?」


 男たち三人は顔を真っ赤にすると、武器を手に一斉に飛び掛かってきた。

「言わせておけば――」

「死ね! クソアマぁ!!」

「八つ裂きにしてやる!!!」

 もちろん、下半身は丸出しだ。

 陰部がブランブランと揺れる。


 私は動じなかった。

「……火の粉シンティラ


 男たちの陰毛が、ボワッと燃え上がる。

「ひゃあ!?」

「熱ぅい!!!」

「み、水! 水をくれェ!!」

 三人は慌てて武器を放り出す。

 布で叩いたり、他の客のビールをかけたりして、下半身を消火する。


「今日の私は機嫌が悪いの。これ以上、怒らせないで――」

 私は三人を指差した。

 人差し指の先に、まるでロウソクのようにポッと火がともる。

 高温で、真っ青な火が。

「それとも、?」


 三人は泡を食って逃げ出した。

「ちくしょう!」

「覚えてやがれ!」

「この借りは必ず返してやるからな!」

 安っぽい捨て台詞を残して。

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