Case 2 潜る街の殺人⑥




 私たちは蘇生所の小部屋を後にして、廊下に出た。


 石造りの廊下には、似たような小部屋がズラっと並んでいる。

 笑い声や、すすり泣きの声が聞こえてくる。


「では、私はこれで。次の遺体が待っておりますので」

 テルティウスは手を合わせて、軽く会釈する。

「蘇生の代金は、ギルドのほうにご請求書を――」

「心得ておる」


 蘇生所を利用できるのは、ギルドに登録している冒険者だけだ。

 現在、この街では三つの冒険者ギルドが、国王陛下からの勅許ちょっきょを得て営業している。

 100年前に地下迷宮ダンジョン探索が始まった当初、地下の世界は文字通りの無法地帯と化したという。

 冒険者同士での盗みや殺人、暴力が吹き荒れたそうだ。

 そこに秩序をもたらすために編み出された方法が、蘇生所の利用をギルド登録者に限ることだった。


 犯罪歴のある無法者は、ギルドへの登録を断られる。

 つまり、死んでも生き返れなくなる。

 それは事実上、地下迷宮ダンジョン探索ができないことと同義だ。

 冒険者の仕事では、死など日常茶飯事だからだ。

 この仕組みによって、犯罪者たちを地下迷宮ダンジョンから締め出しているのだ。


 立ち去るテルティウスの背中を見送りながら、リベットは言った。

「ではアイラくん。わしらも仕事に戻るとするか」

「戻る……って、まさか地下迷宮ダンジョンに潜るつもりですか? 今すぐ?」

「無論だ。君も弟くんを探したいのだろう?」

「それはもちろんですけど。でも、無茶ですよ!」

 リベットは皮肉っぽく笑う。

「魂がきちんと定着していないから、などと言うまいな?」

「魂があろうが無かろうが、関係ありませんよ」

 私はため息を漏らす。

「私たちのパーティーには前衛が足りないじゃありませんか。きっと、同じことの繰り返しになるだけです。……それとも、リベットさんが剣や戦斧を握ってくださるのですか?」

 相手は腕を組んで考え込む。

「うーむ、前衛職抜きで地下迷宮ダンジョンを探索する方法か。これは少しばかり難題だな。とはいえ、アイディアがないわけでは――」

「前衛職のパーティーメンバーを探そうと私は言っているんです!」


 と、そこに二つの足音が近づいてきた。


「お話し中、失礼する!」

 板金鎧プレート・メイルで身を包んだ男が、朗々と響く声で言った。

 年齢はおそらく50代。髭に白いものが混ざっている。

 手には槍斧ハルバート

 そして頭の兜には、地位の高さを示す派手な赤い羽根が飾られている。


 リベットが答える。

「誰かと思えば、シーバス・リーガル衛兵長。そちらのお嬢さんは……魔法使いのキャメロン・ブリッジ嬢とお見受けいたしますが?」


「初めてお目にかかりますわぁ~!」

 ブリッジと呼ばれた女はスカートを両手でつまむと、うやうやしくお辞儀して見せた。

 年齢は私と同じか、少し上だろう。

 長い金髪を、まるでロールパンのようにゆるやかに巻いている。

 赤いドレスにはスパンコールが散りばめられていて、彼女の一挙手一投足に合わせてキラキラと光る。

 短杖ワンドを握っていなければ、魔法使いにはとても見えないだろう。


「わたくし、『魔法鑑識官』を名乗っておりますの。魔法使いとしての専門知識を用いて、衛兵さんの事件捜査にご助言するお仕事です。ご挨拶できて光栄ですわ、リベットさん♪」

「おや、わしのことを知っておるのですか?」

「知っているも何も、この街の治安維持にかかわる者の間では、あなたは伝説ではありませんか! 先日の『白い準男爵事件』でも、リーガル衛兵長は大変お世話になったのだとか?」

「世話などと大それたことはしておりません。二言ふたこと三言みこと、簡単なご助言を差し上げたまでのこと。犯人の逮捕はリーガル衛兵長のご尽力あってのものですよ」


 どうやらこのドワーフは、この街では顔が広いらしい。

 彼の偏屈な性格を考えると、ちょっと意外だ。


 リベットは、リーガル衛兵長に目を向けた。

「それで、また何か厄介事ですか?」

「耳の速い貴殿のことだ。すでにご存じかと思うが――」

 リベットは笑った。

「いいや、見ての通り、わしは今朝生き返ったばかりです。昨夜は一晩中、死んでおったのですよ」

 衛兵長は生真面目な顔でうなずく。

「なるほど。では、〝もぐがい〟の殺人事件のことも、まだ聞いていないのだな?」


〝潜る街〟は、地下迷宮ダンジョンの入り口に隣接した地域だ。

 この街で、一番古い区画である。

 地下に人々が真っ先に住みついた場所ゆえに、「潜る街」と呼ばれるようになった。


 現在の潜る街には、東方出身の冒険者が多く暮らしている。

 ときおり地下迷宮ダンジョンからモンスターが迷い出てくる危険な場所だ。

 しかし、東方出身者たちにとっては、家賃の安さのほうが魅力的らしい。


 リベットは眉をひそめる。

「殺人事件とは、穏やかではありませんな……。わしでお役に立てるなら、何なりとご相談を」

「いや、ここに来たのは貴殿と会うためではない」

 衛兵長は私のほうを指差した。

「魔法使いのストラス・アイラとは、彼女のことで間違いあるまいな?」

「いかにも。わしのパーティーメンバーです」

 ブリッジ嬢は両腕を広げると、大袈裟に頭を振った。

「リベット様ともあろうお方が、こんな小娘に騙されるだなんて嘆かわしいですわ!」


 騙す?

 この私が、リベットを?


 彼らは何の話をしているのだ――。


 リーガル衛兵長は、槍斧ハルバートを私に突きつけた。

 ブリッジ嬢は短杖ワンドを構える。

「ストラス・アイラ! お前を殺人罪で――」

「――逮捕しますわ!!」



 ……………………………………は?



 ブリッジ嬢は、嘲笑うような目で私を見た。

「言い訳はご無用ですわ! 証拠は挙がっておりますの♪」

 何の証拠だ。

「あなたと被害者との間に諍いトラブルがあったことを、たくさんの人が目撃しているのですわ~~~!!!」

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