Case 2 潜る街の殺人⑤
「死んだ直後の遺体の近くには、まだ魂が漂っている。それを肉体に戻すことで、遺体を蘇生できる――」
リベットはフフンと鼻で笑う。
「――お前さんたちはそう信じているのだろう?」
「まさか、違うとでも?」
リベットはうなずく。
「アイラくんは
「ええ、一度。地元に
「科学の世界では、わしらのような生物と、
「化学――?」
「さよう。たとえば、わしらの心臓が動くのは、心筋の細胞内にアクチンとミオシンという二種類の
「何の呪文ですか、それは……」
「要するに、〝魂〟のような
私は目頭を揉む。
「いいでしょう。では、仮に〝魂〟が存在しないとして――。蘇生術をどう説明するおつもりですか?」
「わしの仮説では――。肉体を構成する分子を、死の直前の状態に戻しているのだろう」
リベットは腕を組む。
「生物の肉体が
「いったい、どうやって?」
リベットはガハハと笑った。
「見当もつかん!」
彼はまったく悪びれずに言葉を続ける。
「未知の自然現象が関わっているのか――。あるいは、わしには仕組みすら想像できない未知の技術が用いられているのかもしれん」
「それを〝魔法〟と呼ぶのでは?」
リベットはニヤリと笑った。
「いいかね、アイラくん。この世の現象を記述するには、『魔法』という言葉は便利すぎるのだ。たとえば……なぜお湯は放っておくと水に戻る? そういう魔法がかかっているから。なぜ物体は地面に落ちる? そういう魔法がかかっているから――。これでは、何も説明していないのと同じだ。『魔法』というのは思考停止の言葉なのだよ」
「魔法使いである私に向かって、わざわざそれを言いますか……」
呆れて、怒りすら湧いてこない。
「ていうか、リベットさんは以前おっしゃっていましたよね。科学とやらの根幹は客観的観測だって。ご自身が、死からの蘇生を経験なさったのです。客観的に見て、魂の存在を信じるべきなのでは?」
「客観的に観測したからこそ、信じられんのだ」
リベットは左腕の袖をめくって見せた。
「ここには
「それは――」
「わしの〝分子説〟なら、この現象を矛盾なく説明できる。蘇生術が『肉体を構成する分子を死の直前の状態に戻す』というものなら、傷まで治って当然だ。むしろ、治らないほうがおかしい」
「……」
私は言葉に詰まった。
蘇生術を使えば、致命傷まで治る。
当たり前すぎて、今まで深く考えたことがなかった。
「むしろ〝魂説〟のほうが、この現象の説明には苦労する。もしも蘇生術が『魂という非物質的なものを肉体に戻す』というものなら、なぜ物質である肉体まで治ってしまうのだ? むしろ、生き返っても肉体の傷はそのままでなければおかしいのでは?」
「えっと、それは……魂の帰還を歓迎して、肉体が喜びのあまり再生力を増すからで……」
私は教科書で読んだ知識を手繰り寄せて、一般的な説明をそらんじてみせる。
言いながら、自分でも説得力に欠けると感じた。
「アイラくん。君は本当にそれを正しいと思うかね?」
「……」
リベットの指摘は、痛いところを突いている。
なぜ蘇生術を使うと、傷まで治るのか?
それは肉体の再生力が増すからだ。
では、なぜ肉体の再生力が増すのか?
それは魂の帰還を肉体が喜ぶからだ。
ならば、肉体の喜びとは何を意味しているのか?
蘇生術以外の方法で「喜ばせる」ことはできるのか――?
一つの「なぜ」に答えるために、後付けで屁理屈を重ねているように感じる。
リベットの言う通り、最初から「蘇生術は肉体を物理的に死の直前の状態に戻しているだけだ」と考えたほうが、ずっと簡単だ。
ただ、問題があるとすれば、リベットの仮説には「魂」が登場しないことだ。
魂の存在を仮定しなくても「死人が生き返る」という現象を説明できる。
説明できてしまう。
では本当に、魂は存在しないのか?
そんな、まさかね――。
テルティウスは微笑みを絶やさなかった。
「蘇生所に来ると、リベットさんはいつもこの調子なんですよ」
そして私に目配せする。
「パーティーメンバーのご心労、ご推察いたしますよ」
「え? ええ、まあ……」
考え込んでいたせいで、気のない返事をしてしまった。
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