Case 2 潜る街の殺人④



「――って感じで、リベットさんは死にました」


 教会の蘇生所。

 生き返ったばかりのリベットに、私は状況を説明した。


「うーむ、不覚を取った。試作していた殺虫剤を持っていくべきだった」

 リベットは上半身を起こして、腕組みをして目をつむる。


 彼のセリフに、私は少し驚いた。

 リベットが死亡したのは、私が転んだからだ。

 そのどんくささを責められると思っていたのに――。


 リベットは下級祭司に目を向けた。

「お前さんの世話になるとは、わしも焼きが回ったな。テルティウス」

「おや! せっかく蘇生して差し上げたのに、感謝のひとことも無しですか?」

 テルティウスもやり返す。


 私は割って入った。

「お二人は旧知の仲だったんですか……!?」

「ええ。以前、この教会でちょっとした盗難事件が起きまして――」

「――その解決をわしが手伝ったのだ。事件とも呼べぬ、くだらぬ一件だった」

 リベットはこほんと咳払いを一つ。

「わしの蘇生は、いつも老修道女オールドプルトニーに頼んでおったはずだが?」

「彼女はお忙しいのですよ。最近、この街では狼男ワーウルフの被害が増えているでしょう? 食い殺された死体を何とか蘇生できないかと、色々な方法を試しておられるのです」


 私は愕然とした。

 このドワーフは、今、何と言った?

 ――?


 テルティウスはニコニコと微笑む。

「ですから、以前よりお約束していたじゃないですか。次回は私が蘇生いたします、と」

「冗談はよしてくれ。失敗して真っ白な灰にされては敵わん」

「まるで私の腕が悪いみたいな言い方はやめてください」

「腕は疑っておらんが、態度を疑っておるのだ」

 ドワーフは苦笑交じりに、私に目配せする。

「アイラくん。このテルティウスという男は、真面目そうな見た目とは裏腹にとんでもないだぞ? 昼間はこんな仕事をしていながら、夜な夜な歓楽街の売春宿で派手に遊び歩いておるのだ。もちろん変装して、身分を偽ってな」

 テルティウスも苦笑して、シーッと人差し指を口に当てた。

「他言無用でお願いしますよ、アイラさん」

「まったく、どこにそんなかねがあるのやら……」


 私は手を額に当てる。

 頭痛がしそうだ。

「ま、待ってください?」


「お金の出所なら、ですよ」

 テルティウスは首から下げたペンダントを持ち上げて見せる。

「私の実家は、金属細工師の一族でしてね……。三男坊の私も、多少は技術を心得ています。教会で使う法具を作って、収入の足しにしているのです」


「お金の話なんか、していません!」

 私は思わず、大きな声を出した。

「リベットさんは、死ぬのは初めてじゃないんですね!?」

「うむ、今回で5回目だ。ひさしぶりに死んだ」

 なんてことない顔で、リベットは答える。

 私はいぶかしがった。

「にもかかわらず、魔法の存在を信じていらっしゃらない?」

「もちろんだ」

 死者の蘇生。魔法がもたらす究極の奇跡だ。

 それを目撃するどころか、自分自身で体験しているのに――。

 この自称〝科学主義者〟のドワーフは魔法の存在を信じていないらしい。


。わしは何も信じておらんのだよ」

 意味ありげに微笑むと、ドワーフは大理石の台からぴょんと飛び降りた。


「さてと、アイラくん。さっそく地下迷宮ダンジョンに戻ろう。試作の殺虫剤の効果のほどを確かめようではないか」

 テルティウスは眉をひそめる。

「生き返ったばかりですから、あまり無理をなさってはなりませんよ。まだ魂がきちんと肉体に定着していませんから」


「ガハハ! 魂か! !!!」


 彼のセリフを、私はすぐには理解できなかった。

 リベットは独りごちる。

「いいや、より正確には『存在を証明できない限り、存在しないものとして扱うべき』と言うべきだな」

「またそのお話ですか……」

 テルティウスが肩をすくめる。


 魂の存在を証明できない?

 ここで蘇生されたことが、何よりも証明ではないのか?


「あの……リベットさん? 蘇生術の仕組みをご存じですか?」

 半ば呆れつつ、私は訊いてみた。

 相手は即答する。

「魔法使いたちのなら知っておる。死んだ直後の遺体の近くには、まだ魂が漂っている。それを肉体に戻すことで、遺体を蘇生できる――」

 リベットはフフンと鼻で笑う。

「――お前さんたちはそういるのだろう?」

「まさか、違うとでも?」

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