Case 2 潜る街の殺人③



「アイラくん、ちょっとタンク役を頼めるかな?」

「……は?」

 私は絶句した。


 タンク役とは、いわばパーティーの〝壁〟の役割だ。

 敵からの注目ヘイトを集めて、仲間の代わりに自分に攻撃を集中させる役回りである。


 リベットはジャケットの内ポケットから、別の武器を取り出す。

 こぶし大の円筒形の金属部品に、木製の柄が付いている。

「これは手榴弾グレネードという武器だ。爆発して周囲に金属片をばら撒いて攻撃する。アイラくんが敵を引き付けてくれたら、まとめて一掃できる」

「タンク役? 魔法使いの私が!?」

「もちろん、本業の戦士職ほどの働きは期待しておらんよ。とはいえ、タンク役の真似事ぐらいはできるはずだ」

「どうして!?」

「君は弟と2人パーティーで地下迷宮ダンジョンに潜っていたのだろう? 弟が回復薬を飲んだり、武器を入れ替えたりする〝隙〟には、他の誰かが前衛を務めねばならなかったはずだ」

「勝手なことを言わないでください! 前衛はすべて、弟のキースに任せていました!!」


「……は?」

 今度はリベットが絶句する番だった。


「君たち姉弟きょうだいは、そんな無謀な方法で迷宮探索をしていたのかね!?」

 彼は「信じられない」と言いたげに頭を振った。

「その勇気は称賛に値する」

「お褒めの言葉にあずかり光栄です」

「褒めておらんぞ」

「分かっています」


 そう話している間にも、蜂たちはじりじりと私たちに近づいてくる。

 そして次の瞬間、いっせいに襲い掛かってきた。

 ブゥーンという羽音が鳴り響く。

 まるで嵐のような騒音だ。


 私たちは慌てて逃げ出した。

 全速力で走って、来た道を戻る。


「ていうか! リベットさんこそタンク役をなさってくださいよ!」

「……わしが?」

「あなたが引き付けた敵を、私の〝小火球〟で焼き殺します!」

 時間はかかるが、散弾銃ショットガンとやらで1匹ずつ潰すよりは効率的だ。

「断る!」

「なぜ!? ドワーフでしょう!!」

 本来なら、戦士などの前衛職に適した種族である。

「言いたいことは2つある。まず、種族差別はやめたまえ。次に、わしは紳士だ」

「紳士ィ!?」

「蒸気帝国では、前衛職は紳士のやることではないのだよ」

「ここは迷宮都市シティ・オブ・ダンジョンですよぉ!!」

 郷に入れば郷に従え、この堅物かたぶつめ。


 走りながらリベットは言う。

「わしの推理では――。アイラくん、君にはまだ奥の手があるはずだな?」

「奥の手?」

「いくら君たち姉弟きょうだいが愚かしいほど蛮勇だったとしても、危機的状況へのがあったはずだ。弟くんが戦闘不能になったときへの備えが」

 私は少し言いよどんだ。

「……あります。灼熱地獄インフェルヌスという、最上級の火炎魔法を私は使えます」

「ならば今すぐそれを使いたまえ」

「嫌ですよ!」

「なぜ?」

「魔力を極端に消費するからです! 一度使ってしまえば、魔力回復にひと晩かかります。使ったら、その日の冒険はそこでおしまいです!」

 こんな、第一階層で使うような魔法ではない。

「しかし蜂たちの夕食になるよりはマシだろう?」

「そりゃあ、そうですけど――!!」


 こんなの期待外れだ。

 ドワーフのくせに前衛ができないなんて。

 やっぱり私は、パーティーを組む相手を間違えたのかもしれない。

 色々な言葉が脳裏をよぎる。


 皮肉の一つでも言ってやろうと思って、油断した。

 大きな石につまずいて、私は派手に転んでしまった。


 両手を前に突き出して、ベチャッと地面に倒れる。

「ふぎゃ!?」

 まるで3歳児のような転び方だ。変な声まで出てしまった。


 私がハッとして振り返ると、1匹の殺人蜂キラー・ビーがすぐ目の前にいた。

 トゲトゲした6本脚で私に掴みかかろうとしている。

 尻の先では、鋭い毒針がぬらぬらと光っていた。


「――いかん!」


 数歩先まで走っていたリベットが、事態の急変に気づいて駆け戻ってくる。

 そして銃を棍棒のように振るって、蜂を弾き飛ばした。


 なんだよ、できるじゃんか。前衛――。


 そうツッコミを入れようとした矢先、後ろから追いついた蜂の大群がリベットに群がった。

 5~6匹の殺人蜂キラー・ビーが、いっせいに毒針を突き立てる。

 リベットは、痛みに絶叫するヒマすらなかった。

「む、無念……」

 そう呟くと、口のふちから泡をこぼしながら絶命した。


 私は深々とため息を漏らす。

 やれやれ、まったく……。

「――灼熱地獄インフェルヌス!!!」


 私の魔法が生み出す炎の色は、赤ではなく青だ。

 あまりにも高温だからである。

 真っ青に染まった火炎の波が、同心円状に広がった。

 数百匹の蜂たちが、一瞬にして黒い灰になって消えた。

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