Case 2 潜る街の殺人②


 この街の中心部には、直径50メートルほどの大きな縦穴が空いている。

 これが地下迷宮ダンジョンの入り口だ。


 穴のふちは、幾何学模様の刻まれた石材で固められている。

 この模様は、未解読の古代文字だと主張する人もいる。


 穴の深さは、およそ10メートルほど。建物でいえば3階ぶんくらい。

 穴の底には、石畳の「床」が広がっている。

 そこが地下迷宮ダンジョンの「第一階層」だ。

 穴のふちからは縄梯子や板張りの仮設の階段がいくつも設けられ、第一階層まで降りられるようになっている。


 第一階層は、石畳の通路が、まるで網の目のように広がっているエリアだ。

 冒険者たちからは通称:墓地カタコンベと呼ばれている。

 とはいえ、天井や壁は内張りされておらず、天然の岩盤が剥き出しだ。

 この場所が、実際には何に使われていたのかは分からない。

 そこらじゅうに転がる人骨から、この不吉な通称がついたのだ。


   ◇


 半日前、私たち2人はそこにいた。

 通路の一つを並んで歩いていた。


「そんな装備で、本当に大丈夫なんですか…?」

 リベットの服装を眺めて、私は思わず呟く。


「何度も言わせるな。わしにとって、これが冒険するときの正装だ」

 相手は肩をすくめて微笑する。


 私の唱えた昭光ルミナスの魔法で、周囲は明るく照らされていた。


 ドワーフといえば、大抵は戦士職だ。

 分厚い板金鎧プレート・メイルを着て、頭には鉄兜アイアン・ヘルム

 そして手には大斧を握るのが一般的な姿である。


 ところがリベットの姿は、まったく違った。

 上着は、腰のあたりにベルトのついた、ゆったりしたジャケット。

 頭にはつばの短い帽子を被っている。

 足元は茶色い革の編み上げブーツだ。

「わしの地元では、この上着はノーフォーク・ジャケットと呼ばれておる。頭のこれは、狩猟帽ハンチングという」

 単眼鏡モノクルをきらりと光らせて、リベットは得意げに語る。


「じゃあ、その奇妙な武器も〝蒸気帝国〟のものなんですか?」

 蒸気帝国とは、ドワーフたちの住まう北方の島国だ。

 その国には魔法が存在せず、独自の文化が築かれているらしい。


「無論。これは散弾銃ショットガンという」

 金属の筒を撫でながら、リベットは答える。

 銃の表面には、植物をモチーフにした金属細工が散りばめられていた。

 いかにも高級そうな見た目だ。

「ただの散弾銃ショットガンではないぞ? わしの叔父が発明した〝レバーアクション方式〟で、弾を5発も連発できる!」


「はあ、なるほど?」

 よく分からない。


「アイラくん、銃を見るのは初めてかね? ならば、あそこの殺人蜂キラー・ビーで試し撃ちといこうじゃないか!」


 いつの間にか、私たちは大広間のような場所に来ていた。

 複数の通路の交わる、いわば「交差点」のような場所なのだろう。

 周囲の壁には、他の通路へと続く穴が等間隔で並んでいる。


 そして、剥き出しの岩の壁のうえに、一匹の殺人蜂キラー・ビーがとまっていた。


 見た目は、ごく普通のスズメバチにそっくりだ。

 が、大きさは大型犬ほどもある。

 スライムやスケルトンと並んで、地下迷宮ダンジョンの第一階層ではごく一般的なモンスターだ。


 リベットは銃の先端を殺人蜂キラー・ビーに向ける。

 次の瞬間、轟音とともに火花と黒煙が筒の先から噴き出した。

 殺人蜂キラー・ビーの胴体の中ほどが弾け飛び、乳白色の体液が周囲に散らばる。


 リベットは振り返った。

「ご覧の通り、魔法を使えぬ者でも遠距離攻撃ができるのだ」

「なるほど、いしゆみの親戚みたいなものですかね?」

「殺傷力は桁違いだがな」


 と、壁に並ぶ通路の奥で、何かが動いた。

 もぞもぞと黒い影が近づいてくる。


 私は杖を構えた。

「仲間の殺人蜂キラー・ビーです!」

「そのようだな。この近くに彼らの巣があるのだろう」

「なぜそんなに落ち着いているんです!?」

「アイラくんこそ、なぜそんなに慌てているのかね」


 リベットは散弾銃をくるりと回した。

 カチャン! という軽やかな音が筒の中から鳴る。

 そして、先頭で飛び掛かってきた蜂に、再び炎と黒煙の一撃を加えた。 

 蜂が絶命する。


 くるり、カチャン!


 リベットは銃を装填する。

 そして射撃。

 同じことを繰り返し、あっという間に4匹を倒した。


「見事な技術ですね」

「お褒めの言葉にあずかり光栄だ」

「皮肉で言っているんです! 一つの巣には数百匹の働き蜂がいるんですよ?」

 1匹ずつチマチマと潰してもきりがない。


「ふむ。ならばアイラくん、ちょっとタンク役を頼めるかな?」

「……は?」

 私は絶句した。

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