Case 1 解答編③
長男ジョンが、ドンッとこぶしで壁を叩く。
「いい加減にしろ! 父上はたしかに好色な部分があった。それは認めよう。だが、しかし……だからと言って――!!」
「たしかに、ご一族にとっては不名誉な真相でしょうな」
「そんなデタラメな作り話で他人を騙して楽しいか!!」
長男ジョンは、ドワーフに掴みかかろうと飛び出した。
私はすかさず右手を構えた。
いくらドワーフが苦手だと言っても、一応はパーティの仲間だ。
長男ジョンが本気で危害を加えるつもりなら、衝撃波の魔法でこのドワーフを守ってやるくらいのことは、してやってもいい。
ところが。
「――騙されているのはあんたらのほうだ!!」
叫んだのは、料理長マシューだった。
室内の全員が、彼のほうを見る。
「あんたらは、ご主人の――いいや、あの男の本性を知らないんだ!」
血走った眼を見開いて、マシューは続けた。
「そうだよ、すべてこのドワーフさんの推理した通りだ! あの男は、あっしの娘を狙っていた。夏休みに寄宿学校から帰ってくるという話を聞いて、この屋敷に――自分の書斎に――連れてくるようにと、あっしに命じたんだ!」
キャサリンが口もとをわななかせる。
「そんな……嘘よ……」
「いいや、嘘なもんか! そうだろう、ミランダ奥様。あなたは一番よくご存じのはずだ。ぼんくらの兄妹どもは、あんたが財産目当てで結婚したと思い込んでいる。けれど、あっしにはあんたのほうが被害者に見える! 言っちまえば、病気みたいなもんだ!! ご主人は――あの男は――自分の欲望を抑えることができないやつだったんだよ!!」
ひと息に叫ぶと、マシューはがっくりと膝をついて顔を覆った。
「お、お前まで……そんな作り話を……」
と、長男ジョン。
その声は震えていた。
「だったら、なぜここにいる? 娘を連れて逃げればよかっただろう? この屋敷で――父上のそばで――働き続ける必要はないし、ましてや殺す必要なんて――」
料理長マシューは、低い声でつぶやいた。
「――魔物だよ」
ぞくりと背筋に冷たいものを感じた。
室内の気温がにわかに下がった――。
そう錯覚させるような声色だった。
「あの男こそ、本物の魔物だよ。人間の皮を被っていても、中身は人間とはほど遠いやつだった。あいつが娘を狙っていると知って、あっしはすぐに暇を申し出たよ。当然だろう? 娘を危険にさらしてまで、あんなやつの近くで働けるものか! けれど、あいつは言ったんだ――」
料理長マシューはクスリと笑う。
「逃げられると思うなよ、と」
顔を上げて、周囲を見回す。
「『バスカヴィル家の財力を使えば、この国のどこに逃げても見つけ出せる』。あっしには外国に逃げる能力もカネもないことを知った上で、そう言ったんだ。その上、『安心しろ、あんたの娘は幸せにして見せる』と笑った! あいつが何をしようとしていたか、あんたらに分かるか!?」
料理長マシューは、私たち2人をギロリと睨んだ。
「地下迷宮には『催眠の指輪』というアイテムがあるそうじゃないか。他人の心を意のままに操れるアイテムだ。それを使えば、どれほど憎い男に抱かれても女は
これには私も驚いた。
そしてドワーフの横顔をじっと見つめた。
彼は最初から分かっていたのだろうか?
催眠の指輪の使い道を察したから、すぐには依頼を受けなかったのだろうか――?
「だから、殺すしかなかったんだ……」
そうつぶやくと、料理長マシューは静かに涙を流した。
室内に沈黙が落ちる。
静寂を破ったのは、長男ジョンだった。
「トニー、衛兵を呼んでくれ」
「承知……しました……!!」
「そして、冒険者のお二人さん――。あんたたちにも、出て行ってほしい」
ドワーフは肩をすくめる。
「おや、ご気分を害してしまいましたかな?」
「害すなんてもんじゃない」
長男ジョンは憎悪に満ちた目で私たちを睨みつける。
「真犯人を見つけてくれたことは、一応、感謝する。けれど、余計なことまで詮索しすぎだ」
「詮索ではございません。推理したのです」
「どちらでも同じだ。あんた、『謎解きの工学者』と名乗ったか? あんたは一体何者だ?
ドワーフはシルクハットを片手で持ち上げると、軽く会釈してみせた。
「わしの名前はグレン・リベット――」
そしてニヤリと笑った。
「――職業は、
~~~~~ Case 1:バスカヴィル家の魔物〈完〉~~~~~
ダンジョンの町は謎だらけ Rootport @Rootport
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