Case 1 解答編②
ドワーフは白いハンカチの包みを広げて、中身を周囲の人々に見せた。
そこには、カチコチに硬く乾燥した魚の干物があった。
長さは私の肘から指先ほど。
厚みは親指ほどもあるだろうか。
頭がついたまま、綺麗に開かれている。
商人マルコが「ハッ」と短く息を飲み、腰を浮かせた。
「そ、それは――!!」
「さすがは貿易商、ご存じのようですな。これは北方の漁村では広く普及している食材で、その名もずばり
ドワーフはドアをノックするかのように、干物を手の甲で叩いてみせる。
コンコンという木材のような音がした。
長女キャサリンが泣き出しそうな声で言う。
「それほど硬いなら――」
「首の肉を
長男ジョンが身を乗り出す。
「鱈? その干物の原料は鱈なのか?」
「おそらくバスカヴィル卿は犯人の顔を見なかったのでしょう。それでも、凶器に何が使われたのかは分かったし、おそらく『魔物の仕業に見せかけよう』という犯人の狙いまで見抜いていた。だから、それを伝えようとした。『まだらのひもの』と書こうとして、途中で力尽きたのです」
それが『まだらのひも』というダイイング・メッセージの真相だ。
被害者は「真鱈の干物」と伝えたかったのだ。
商人マルコは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「凶器が干物だとして……。一体どのように処分したのです?」
「おや? 本当はもうお気づきなのでは? ――
キャサリンが「うっ」と声をあげて口元を押さえた。
私ですら――冒険者として地下迷宮に潜り、人の生死を何度も見てきた者ですら――胃がムカムカした。
バスカヴィル卿が行方不明になった翌日の夕食は、北方風の魚肉風味コロッケだった。
私は初めて食べる料理だった。
なぜなら、この地域では
「
後妻ミランダが眉をひそめる。
「てか、待って? 凶器が魚の干物で、それを調理して処分したのなら――。それって、つまり、犯人は――」
ドワーフはドアのほうに目を向けた。
「料理長マシューさん。この計画を実行できるのは、あなた以外におりません」
相手は苦笑した。
「じょ、冗談はよしてくだせえ! あっしが犯人ですって……?」
「あなたは『うっかりトニーが台所に入ってきた』とおっしゃいましたな。それは、おかしい。長らく一緒にこの屋敷で働いてきたのですから、使用人頭のトニーが台所に入ろうとしたら『ちょっと待て、今は入るな』と警告することもできたはずです。なんとなれば、トニーが台所に来るタイミングも知っていたのではありませんか?」
「つまり、トニーの鼻がおかしくなったのはあっしのせいだと言いたいんですか? 偶然の事故ではなく、あっしの計算づくだったと?」
「わしはそう考えております。そうすれば、バスカヴィル卿の遺体が腐るまでの時間を稼ぐことができる」
相手は両手を広げて身を乗り出す。
「あっしにゃ、ご主人を
「娘を守りたいという父親の気持ちは理解できます。しかし、手段を選ぶべきでしたな」
料理長マシューはびくりと身じろぎした。
ドワーフは畳みかける。
「皆さんも聞いたはずですぞ、マシューさんの娘が、そろそろ寄宿学校から帰ってくると。バスカヴィル卿は、彼女を我が物にしようとしていたのですよ」
商人マルコは、今度こそ本当に立ち上がった。
「そんな、まさか――。マシューさんの娘ですよ? 何歳だと思っているんですか!?」
「ミランダさん。バスカヴィル卿と出会ったとき、あなたはおいくつでしたかな?」
苦々しい表情で相手は答える。
「……13歳」
「バスカヴィル卿は、褒められないご趣味をお持ちだったようだ」
ドワーフは冷たく言い放った。
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