Case 1 解答編②

 ドワーフは白いハンカチの包みを広げて、中身を周囲の人々に見せた。


 そこには、カチコチに硬く乾燥した魚の干物があった。

 長さは私の肘から指先ほど。

 厚みは親指ほどもあるだろうか。

 頭がついたまま、綺麗に開かれている。


 商人マルコが「ハッ」と短く息を飲み、腰を浮かせた。

「そ、それは――!!」


「さすがは貿易商、ご存じのようですな。これは北方の漁村では広く普及している食材で、その名もずばり保存魚ストック・フィッシュといいます。とはいえ、もともとは貧民が冬場の飢えをしのぐために作り始めたもので、歴史的には奴隷の食糧だった時代もある。この地域では――ましてや富裕層の食卓では――滅多にお目にかかれません」


 ドワーフはドアをノックするかのように、干物を手の甲で叩いてみせる。

 コンコンという木材のような音がした。


 長女キャサリンが泣き出しそうな声で言う。

「それほど硬いなら――」


「首の肉をえぐり取り、頸動脈を引きちぎるような凶器に加工することもできるでしょう。保存魚ストック・フィッシュは、東方では別の名前で呼ばれています。『棒鱈ぼうだら』と」


 長男ジョンが身を乗り出す。

「鱈? その干物の原料は鱈なのか?」


「おそらくバスカヴィル卿は犯人の顔を見なかったのでしょう。それでも、凶器に何が使われたのかは分かったし、おそらく『魔物の仕業に見せかけよう』という犯人の狙いまで見抜いていた。だから、それを伝えようとした。『まだらのひもの』と書こうとして、途中で力尽きたのです」


 それが『まだらのひも』というダイイング・メッセージの真相だ。

 被害者は「真鱈の干物」と伝えたかったのだ。


 商人マルコは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「凶器が干物だとして……。一体どのように処分したのです?」


「おや? 本当はもうお気づきなのでは? ――保存魚ストック・フィッシュはハンマーでよく叩いて柔らかくして、水で戻して、コロッケに混ぜると大変に美味なのです」


 キャサリンが「うっ」と声をあげて口元を押さえた。

 私ですら――冒険者として地下迷宮に潜り、人の生死を何度も見てきた者ですら――胃がムカムカした。


 バスカヴィル卿が行方不明になった翌日の夕食は、北方風の魚肉風味コロッケだった。

 私は初めて食べる料理だった。

 なぜなら、この地域では保存魚ストック・フィッシュは珍しい食材だから。


保存魚ストック・フィッシュを水で戻すには普通は1週間ほどかかるのですが……。味にこだわらなければ、湯で炊いてもっと短時間で柔らかくできます。普通に水で戻した保存魚ストック・フィッシュの中に、一尾だけお湯で戻したが混ざっていても、味で気づかれることはないでしょう」


 後妻ミランダが眉をひそめる。

「てか、待って? 凶器が魚の干物で、それを調理して処分したのなら――。それって、つまり、犯人は――」


 ドワーフはドアのほうに目を向けた。

「料理長マシューさん。この計画を実行できるのは、あなた以外におりません」


 相手は苦笑した。

「じょ、冗談はよしてくだせえ! あっしが犯人ですって……?」


「あなたは『うっかりトニーが台所に入ってきた』とおっしゃいましたな。それは、おかしい。長らく一緒にこの屋敷で働いてきたのですから、使用人頭のトニーが台所に入ろうとしたら『ちょっと待て、今は入るな』と警告することもできたはずです。なんとなれば、トニーが台所に来るタイミングも知っていたのではありませんか?」


「つまり、トニーの鼻がおかしくなったのはあっしのせいだと言いたいんですか? 偶然の事故ではなく、あっしの計算づくだったと?」

「わしはそう考えております。そうすれば、バスカヴィル卿の遺体が腐るまでの時間を稼ぐことができる」


 相手は両手を広げて身を乗り出す。

「あっしにゃ、ご主人をあやめる理由がないじゃありませんか! ご主人が亡くなっても、あっしには一銭の得にもなりゃしない。屋敷の持ち主が変わったら、仕事をクビになっちまうかもしれない!!」


「娘を守りたいという父親の気持ちは理解できます。しかし、手段を選ぶべきでしたな」


 料理長マシューはびくりと身じろぎした。


 ドワーフは畳みかける。

「皆さんも聞いたはずですぞ、マシューさんの娘が、そろそろ寄宿学校から帰ってくると。バスカヴィル卿は、彼女をにしようとしていたのですよ」


 商人マルコは、今度こそ本当に立ち上がった。

「そんな、まさか――。マシューさんの娘ですよ? 何歳だと思っているんですか!?」


「ミランダさん。バスカヴィル卿と出会ったとき、あなたはおいくつでしたかな?」


 苦々しい表情で相手は答える。

「……13歳」


「バスカヴィル卿は、褒められないご趣味をお持ちだったようだ」

 ドワーフは冷たく言い放った。

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