Case 1 解答編①

「今回の事件――。犯人の目標を考えれば、謎解きはさして難しくありません」

 髭を撫でつけながらドワーフは言った。


 長男ジョンが鼻白む。

「目標だと? 父上を殺害して、財産の一部を――」


 ドワーフはかぶりを振る。

「いえいえ! 目的と目標を混同してはなりませんぞ」


 商人マルコがぽつりとつぶやく。

「……まず第一に、バスカヴィル卿を亡き者にすること、ですね」


「さよう! そして、それだけではございません」


 答えたのはキャサリンだった。

「人間ではなく、魔物の仕業に見せかける?」


「その通り!」

 と、ドワーフ。

「わしの地元には魔法使いも亜人種もほとんどおりません。ですから、悪事を働くのもずっと簡単なのですが――。この屋敷でその目標を達成しようとすると、大きな問題が2つある」


 後妻ミランダは、自分の髪の毛をいじりながら答える。

「遺体を蘇生できちゃうことでしょ?」

「いかにも。遺体を腐敗させて、蘇生不可能になるまで待たなければなりません。夏の暑さと一昼夜という時間が必要でしょう」


 料理長マシューが手を挙げた。

「燃やしちまえばいいのでは? こんな残酷なことは言いたかありませんが……。遺体の損壊が激しくなるほど、蘇生魔法の成功率は下がるんでしょう? 灰からの蘇生に成功したって話は、あっしは聞いたことがありません」


 ドワーフは右手の人差し指を立てると、チッチッとそれを振った。

「人里離れた荒野の真ん中なら、それも可能でしょう。しかし、今回の犯行現場は屋敷の敷地内。どんなに広いと言っても、狩猟小屋に火を放てばどうなりますかな?」


「間違いなく、煙と光に誰かが気づくだろうな」

 と、長男ジョン。


「そして遺体が燃え尽きる前に、発見されてしまう――?」

 と、長女キャサリン。


 ドワーフが後を引き継いだ。

「そうなれば、蘇生に成功してしまうかもしれない。犯人にしてみれば計画失敗です。これが、目標達成のために超えるべき問題の1つ目ですな」


 そして、ちらりと私に目配せする。

「ついでに言えば、おそらく犯人には魔法の素養がない。アイラくんの火炎魔法なら、一瞬で人体を灰に変えることもできます。が、近隣の魔法使いたちの言葉を信じるのなら、事件の夜に強力な魔法が使われた形跡はない」


 顎に手を当てて、商人マルコはうなずく。

「なるほど――。では、2つ目は?」


「凶器が簡単に発見されてしまうこと」

 ドワーフは自分の手のひらを見つめた。

 まるで見えない凶器を握るかのように、その手をぎゅっと閉じる。


「魔物の仕業に見せかけるのなら、ナイフや剣は使えません。動物程度の知能しかない魔物たちは、そんな道具は使いませんからな。しかし、石刃せきじんを使うにせよ、木製のノコギリのようなものを使うにせよ、処分は簡単ではありません」


「オレが……いる、から……?」

 使用人頭のトニーが口を開く。


 ドワーフはうなづいた。

犬頭人コボルトの嗅覚なら、凶器をどこに捨てても発見される恐れがある。もしもそうなれば、魔物の仕業に見せかけるという犯人の目標は瓦解します。トニーくんが嗅ぎつけられないほど遠くまで捨てに行くという選択肢も取れません。もしも犯行直後に屋敷を離れたら、当然、怪しまれてしまうでしょう」


 長男ジョンが、呆然とした口調でいう。

「そして、凶器を燃やして処分することもできない――」

「そうよ、お兄様! 薪に血糊が混ざっているだけでも、光魔法に通じた人なら発見できるはずですわ!」


 ドワーフは重々しい声で言った。

「したがって、犯人は他の方法で凶器を処分せざるをえなかった……」


 ミランダが身を乗り出す。

「もったいぶらないでよ。石でも木でもないなら、凶器は何なの?」


「これです」

 ドワーフは燕尾服のポケットから、白いハンカチの包みを取り出した。

 そしてハンカチを広げて、中身を周囲の人々に見せる。

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