Case 1 バスカヴィル家の魔物⑥

「アイラくん、ここまでで判明したことは?」

「まず事件そのものには、残された謎が2つあります。被害者を殺した凶器は何か? そして、ダイイングメッセージ『まだらのひも』は何を意味しているのか?」


「それは謎の切り分け方がおかしい。細かく分けるのなら、『凶器は何か?』と『なぜその凶器を使ったのか?』は別々の謎として数えるべきだ。あるいは、それらはすべて1つの謎でもある」

 このドワーフはしょっちゅう、こういう謎かけのようなセリフを言う。


「まあ、いいだろう。容疑者に関しては?」

「容疑者は6人。被害者バスカヴィル卿の①長男ジョン、②長女キャサリン、その婚約者でダークエルフの③商人マルコ。さらに被害者の④妻ミランダ、⑤料理長マシュー、⑥使用人頭トニー。このうち最初の4名は、バスカヴィル卿の死によって経済的利益を得られる立場です。一方、残りの2人は経済的には損でしょう。屋敷の当主が変わったら、雇用契約を継続してもらえるかどうかも分かりませんから」


「うむ! 点数をつけるとすれば4点だ」

「5点満点で?」

「もちろん100点満点で」

 つくづく腹の立つおっさんだ。


 何か嫌味の1つでも言い返してやろう。

 私がそう決意した次の瞬間には、ドワーフは部屋の真ん中へと歩み出ていた。


 そして、パンパンと手を打ち鳴らした。


 罵声の応酬がピタッと止まる。

 室内の全員の視線が、ドワーフに集まった。

「さてと、そろそろ話を前に進めてもいいですかな? 一族のご親睦を深めているところ失礼いたしますが――」


「「「「何が親睦だッ!!」」」」

 息ぴったりのツッコミが入る。


 ドワーフがくるりと振り返る。

「そうだ、アイラくん。最後に1つだけ!」

「何でしょう……」

 早く転職したいなあ、別の誰かとパーティを組みたいなあ、なんて考えつつ、私は渋々と返事をする。


「魔法での蘇生に失敗すると、遺体は灰になるね?」

「ええ、もちろん。……それが?」


「では、『ただの灰』と『もともとは人体だった灰』を見分けることは?」

「できます」


 光魔法のごく初歩だ。

 たとえ魔法の素養がない者でも、充分な鑑定スキルを持っていれば見分けられるはずだ。

 しかし、一体何のためにそんなことを訊く――?


「その灰が『人体の一部』だったとしても見分けることは可能かね? たとえば、したとして、『血糊が混ざっていたこと』を灰から見分けることは?」

「かなり難しいですが――。理屈の上では、できます」

 残念ながら私にはできない。

 私の専門は火炎魔法。

 光魔法はたしなむ程度だ。

 それでも――。


「精霊教会の上位聖職者なら、できる人がごまんといるはずです」


 ドワーフは満足げにうなづいた。

 そして、部屋の他の人々のほうに向き直る。

「――というわけで、この事件の真相は以上の通りです。水晶のごとく一点の曇りなく、皆様にも真実をお伝えすることができたかと存じます。いやはや、まさかこんな結末になるとは……」


 私たちはポカンと口を開けて、ドワーフの演説を聞いていた。

 何を言っているんだ、このおっさんは?


「おや、まさか――。皆さんはまだお分かりにならない?」

 心底驚いた、という表情を浮かべる。

「ここまでくっきりと答えが見えているのに? 推理に必要な情報は、すべて皆さんの目の前に並んでいるのに?」


 ドワーフはおほんと咳払いすると、単眼鏡モノクルの位置を直した。

「ならば、いたしかたありません。ここはひとつ、名匠の種族ドワーフらしく、この謎、逆行工学リバース・エンジニアリングしてしんぜましょう――!!」

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