Case 1 バスカヴィル家の魔物③

 ドワーフは顎ひげを撫でつける。

「なるほど、たしかに筋は通っていますな」


「お褒めいただき光栄です」

 皮肉っぽい口調でマルコは言った。


「というわけで謎も解けたことですし、ぼくたち二人はそろそろおいとましても? こう見えて、ぼくは商売人でして……。案外に多忙なんですよ」

 マルコはソファから立ち上がろうとする。


「あのう……。できれば、あっしも失礼させていただきたいんですが……」

 部屋のドア近くに立っていた料理長が声を上げた。


 彼の名前はマシュー。

 男性の年齢は分かりにくいが、40代半ばは過ぎているだろう。

 腹はでっぷりと膨らみ、腕は高級なハムのように丸々としている。

 エプロンは目に染みるほど白く、きちんとアイロンが当てられている。

 4人目の容疑者だ。


「そろそろ、あっしの娘が寄宿学校から帰ってくるんでさ。夏休みを楽しめるよう、色々と準備があるもんでして――」


 ドワーフは少し慌てた。

「いえいえ! そう長くはかかりません。もう少しだけご辛抱いただけませんか。まだ謎がすべて解けたというにはほど遠い――」


 そのセリフを遮って、5人目の容疑者が口を開く。

「ていうかさあ、なんであんたが取り仕切ってんの?」


 彼女はミランダ。バスカヴィル卿の2番目の妻だ。

 年齢は若干20歳。

 黒い豊かな髪の毛に、浅黒い肌、ぱっちりとした目というエキゾチックな外見だ。

 紫色のドレスを身にまとっている。

 ドレスの襟ぐりは大きく開き、今にもこぼれ落ちそうなほど豊満な胸の谷間が覗いていた。


「あんたは衛兵でも何でもない、ただの冒険者でしょう? ウチの旦那と特別に親しかったわけでもない。事件に首を突っ込んで、何の得があるの」


 私は拍手喝采したくなった。

 私たち2人がこの屋敷にいつまでも居残る道理はない。

 さっさと地下迷宮に潜って冒険者稼業を続けたほうがよほど儲かる。

 お金の問題だけではない。

 私には迷宮に潜りたいもっと切実な理由がある。

 それは、弟のキースを探すこと――。


「それが、われわれ種族の性分なもので」

 私の気も知らず、ドワーフはニヤリと笑った。


「われわれドワーフは生来せいらいの凝り性であり、工学者なのです。刀に凝った者は刀鍛冶ソードスミスになり、盾に取り憑かれた者は盾職人シールド・スミスになる。そして、わしの場合は好奇心の対象が『謎解き《ミステリー》』だった」


「謎解き?」


「さよう。素晴らしいダイヤモンドの原石を見つけたら、宝石細工師ジュエラーなら磨きたいという欲望を抑えられぬものでしょう。それと同様、素晴らしい『謎』を見つけたら、わしは解かずにはおられぬのです」


 ドワーフは得意げだ。

「言うなれば、わしは『謎解きの工学者ミステリー・スミス』なのですよ!」


 ミランダは退屈そうにつぶやいた。

「それで? なんでウチら6人が呼ばれたわけ?」

 先妻をやまいで失ったバスカヴィル卿が、ミランダと出会ったのは7年前だという。

 彼女が王都の歌劇場で踊り子の見習いをしている姿を、卿が見惚れたそうだ。

 当時のミランダの年齢を考えると、バスカヴィル卿はをお持ちだったようだ。彼は当時すでに50路を越えていたはずである。


 ミランダは続けた。

「この屋敷には使用人や行商人が、あわせて100人近く出入りしている。ウチの旦那が死んだ日に限っても、少なくとも20人くらいは敷地内にいたはずで――」

「正確には21人です。わしとアイラくんの2人を除いて」

「細かい数字はどうでもいいっつーの。どうしてウチら6人だけが、あんたの長話に付き合わなきゃいけないんだって話」


「それはもちろん、あなたがた6人にはアリバイがないからです」

「アリバイ?」

「おや、ご存じありませんかな? 説明してやってくれ、アイラくん」


 なぜ私が――。

 文句を言いたくなる気持ちを押さえて、私は口を開く。


「アリバイとは現場不存在証明のことです。犯行が行われたと思われる時刻に、犯行現場にことを証明できれば、『アリバイがある』と言えます。しかし、ここにいる6人のみなさんはそれを証明できないんです。目撃証言や証拠がない」


 ミランダは眉をひそめる。

「じゃあ、ウチら以外の15人にはそれがあるっての?」


 自信たっぷりにドワーフは答えた。

「もちろん。水も漏らさぬよう、きちんと調べましたとも」


 長男ジョンが、刺すように鋭い声で言う。

「アリバイを調べることに何の意味があるんだ? この屋敷の敷地は広い。外部からの侵入者を完全に監視できるわけじゃない。ましてや、相手が魔物ならなおさらだ」


 ドワーフは腕を組み「ふむ」と唸った。

「どうやら皆さんは、バスカヴィル卿が魔物に殺害されたという前提から離れられないようですな」


 べそをかきそうになりながら、キャサリンが応える。

「だって、それは……。衛兵さんたちも、聖職者の方々も、みんなそうおっしゃっていましたわ……」


「いいですか、首の傷だけですぞ!」

 ドワーフは語気を強めた。

「魔物の仕業であることを示唆するのは、ギザギザの首の傷だけです。それだって状況証拠にすぎんのですぞ。『魔物の仕業だ』という明白な証拠は、一切ない」


「証拠がないのが、一番の証拠でしょう」

 と、商人マルコ。

「相手は魔物ですよ? きっと転移の魔法でも使って、証拠も残さずに消え去ったんでしょう。あるいはコウモリのような翼を背中からニョキニョキと生やして、夜空に飛び去ったのか――」


「ときにアイラくん!」

 ドワーフはくるりと私のほうを振り向いた。

「君たち魔法使いは、近くで魔法が使用されたらそれを感じ取ることができるというけれど、それは本当かね?」

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