Case 1 バスカヴィル家の魔物②

 赤毛のドワーフは、重々しい口調で言った。

「この屋敷のご当主クロード・バスカヴィル卿を殺害した真犯人は、この中におります」


 真剣そのものという表情に、容疑者の1人が噴き出した。


「アッハッハッ! 大した想像力だな、ドワーフさん。小説家にでもなったほうがいいんじゃないか?」


 被害者の長男であるジョン・バスカヴィルだ。

 年齢は29歳。金髪碧眼の青年だ。

 彼は部屋の窓際に立ち、腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 季節は夏。開け放たれた窓から、気持ちのいい夜風が流れ込んでくる。


 馬鹿にした様子を隠そうともせず、長男ジョンは言った。

「もっとも、ドワーフの職業クラス戦士ファイター刀鍛冶ソードスミスと相場が決まっているけどね」

 燕尾服のドワーフは、肩をすくめるだけだった。


 長男ジョンの顔から、フッと笑みが消える。

「父上が殺人事件の被害者だって? いい加減なことを抜かすな、愚弄と受け取るぞ」

 その声には怒りがにじんでいた。

「父上は、魔物に襲われたんだ!」


     ◆


 先に自己紹介を済ませておこう。

 私の名前はストラス・アイラ。今年で21歳になる魔法使いの女だ。


 好きなものは火炎魔法。

 何もない虚空から湧き上がる灼熱の炎を見ると、うっとりと心が安らぐ。

 呪文詠唱にかける私のこだわりを語り始めたら10万語でも足りない。


 一方、苦手なものはドワーフである。

 魔法を使わないどころか、それを嫌悪している種族だ。

 霊魂や精神力の存在を否定し、あらゆるものを金属や鉱石と同様の機械として論じられると信じている人々。


 ていうか単純に、ドワーフはとにかく理屈っぽい。

 ドワーフが苦手である理由を語り始めたら100万語でも足りない。


 何の因果か、今の私はそのドワーフと2人組のパーティを組んで、冒険者稼業をすることになった。

 たとえばアイテムを探して欲しい、魔物を討伐して欲しい――。

 そんな依頼を受けて報酬を得るのが冒険者という生き方だ。


 これは職業クラスではなく、生業なりわいだ。

 たとえば私なら、職業クラスは魔法使い。

 そしてカネを稼ぐ手段として冒険者という道を選んでいるわけだ。


 3日前、私たち2人は冒険者ギルドの仲介で最悪の出会いを果たした。

 そして、記念すべき2人の初仕事として、バスカヴィル家の屋敷にやってきた。


 依頼主は、一家の当主クロード・バスカヴィル卿。

 地下迷宮で「催眠の指輪」を探してきて欲しいという。

 報酬は5万ゴールド。悪くない金額だ。

 にもかかわらず、石頭な相棒は「少し考えさせて欲しい」とのたまった。


 その日の夕食にクロードは姿を見せず、そのまま行方不明に。


 そして2日後の朝――つまり今朝――には、遺体となって発見された。

 広々としたバスカヴィル家の敷地の一角には、ちょっとした森がある。

 その森の奥の、今では使われていない狩猟小屋で、私たちの依頼人はこと切れていたのだ。


 夏の暑さのせいで腐敗が進行しており、蘇生魔法で復活させることは不可能だった。

 ゾンビやグールなどのアンデッドにならなかっただけ運がいい、というのが、屋敷のお抱えの聖職者の意見だ。

 最上位の神官でも、バスカヴィル卿を蘇らせることはできないだろう。

 魔法に失敗して、遺体が灰になってしまうのがオチだ。


 亡くなったクロードには申し訳ないが、要するに私たちは仕事を取りっぱぐれたわけだ。

 あの場ですぐに契約書にサインしておけば、前金として報酬の半額くらいは手に入ったかもしれないのに。


   ◆


 赤毛のドワーフは、つぶやくように言った。

「バスカヴィル卿は、あまり鋭利ではないで首を切られていました。剣やナイフなどではない、何かギザギザしたもので頸動脈を切断されていた」


 室内にいた女性陣が、小さく「ひっ」と悲鳴を上げる。


「その傷だけを見れば、たしかに魔物の牙やかぎ爪で殺されたかのようにも見える。しかし、ならば、なぜバスカヴィル卿はあんなダイイング・メッセージを遺したのか?」


 死に際の伝言ダイイング・メッセージ――。

 殺人事件の被害者が、真相を伝えるために死の間際に残した言葉。


「『まだらのひも』……。これがパヴィスカル卿の最期の言葉でした」


 自問自答するように、ドワーフは首を振る。

「彼は森の奥の狩猟小屋で殺されました。そして、最期の力を振り絞って、自らの血で『まだらのひも』と小屋の床に書いたのです。このメッセージの意味は?」


「た、たしかにおっしゃるとおりですわ……!!」

 そう声を上げたのは、被害者の長女キャサリンだった。

 2人目の容疑者だ。


 キャサリンは金髪碧眼で、1人目の容疑者である兄によく似ている。

 年齢は私と同じ23歳。

 応接用の2人掛けのソファに座っていた。

「もしも魔物に殺されたのであれば、『まもの』とでも書きそうなものではなくて?」


「ご明察」

 と、ドワーフはうなずく。

「ついでに言えば、バスカヴィル卿は真犯人の顔も見ていないでしょう。もしも真犯人が分かっているのなら、その人の名前を書けばいい。後ろから突然に襲われたのか……。あるいは犯人は、布か何かで顔を隠していたのかもしれません」


 キャサリンの隣に座っていたダークエルフの男性が、深々とため息をつく。

「考えすぎだよ、キャサリン」

「……マルコ?」

 マルコと呼ばれたダークエルフは、キャサリンの婚約者フィアンセだ。

 南方の貿易港で暮らす、富裕な商人だという。

 どんないきさつで種族を超えた婚約を結ぶに至ったのかは知らない。

 ともあれ、彼は3人目の容疑者である。


 マルコは続けた。

「死に際の人間が、正常な精神状態でいられるわけがない。むしろ、錯乱して訳の分からない言葉が脳裏に浮かぶほうが自然だ」

「ひどいわ! 錯乱だなんて!」

「ごめん、だけどこれは事実だ。ぼくはこの部屋にいる誰よりも長く生きて、誰よりもたくさんの死を見てきた」


 ダークエルフの寿命は、健康なら1000年に達するという。

 ドワーフで500年ほど。

 ちなみに私たちヒトは(子だくさんゆえに)人口こそ抜群に多いものの、寿命は70~80年ほど。この世界では短命な部類だ。


 マルコの声は寂しげだった。

「種族を問わず、冷静なまま死んでいける者はごく一握りだよ」

「では、お父様が残した『まだらのひも』という言葉にも、とくに意味はないとおっしゃいますの?」

「おおかた、巨大な毒蛇の魔物にでも襲われたんだろう。まだら模様のヘビの姿を、ひもだと勘違いしたんじゃないかな?」


 ドワーフは顎ひげを撫でつける。

「なるほど、たしかに筋は通っていますな」

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