Case 0 最悪の出会い③

「魔法を信じられないですって!? 5年も冒険者をやっているのに!?」

 私は思わず大きな声を出した。


 リベットは肩をすくめる。

「もちろん迷宮探索を通じて、魔法使いたちが『奇跡』としか呼びようのない現象を起こすところを何度も見てきた。それでも、君たちが『魔法』と呼ぶ現象の大半は、科学的で合理的な説明が可能だ。仮に本当に説明のつかない現象が起きたとしたら、その背後には未知の科学的メカニズムが存在するのだと、わしは考えておる」


 挑発するようにリベットは笑った。

「早い話が、わしは魔法を一種の奇術だと思っておるし、魔法使いはみんな詐欺師だと思っておるのだよ」


 さすがにカチンときた。


「魔法は手品などではありません。きちんと体系化された理論があり、魔法使いはその知識を応用しているにすぎません。! 奇跡が起きると強く信じれば――」

「――で、奇跡を実際に起こせると言うのだろう?」


 リベットはフンッと鼻を鳴らした。

「そんなものは『体系化された理論』などとは呼ばん。ただの迷信に、毛が生えた程度のものだ」


 私はあんぐりと口を開けた。

 呆れてモノが言えないとは、このことだろうか。


「……ドワーフが魔法を使えない理由が、ようやく分かりました」

「あいにく、なのでね。たとえば、そうだな……君は火炎魔法が得意だと言ったか? なぜ魔法で炎を起こせる? 何の熱源も、可燃物もない場所で?」


「えっと、それは――」

 急に魔法学校の口頭試験のようなことを訊かれて面食らった。

「私たちの周囲の空間を満たすエーテルから、炎の魔力源であるフロギストンを抽出することで――」


「フロギストンだと!!」

 ガハハと声を上げて相手は笑った。

「いいかね、アイラくん! 『燃焼』という現象は、物質と酸素との化学反応だ。フロギストンの存在など、わしらの国では何百年も前に否定されておる」


 彼はニマニマしながら、ポケットから折り畳みナイフを取り出した。

 葉巻の先端に切れ込みを入れて、吸い口を作る。

 ナイフを動かしながら、彼はため息交じりに呟いた。

「まったく……。蒸気帝国の外の世界の文明の遅れには驚かされるばかりだ」


 相手をしてはいけない、と思った。


 リベットは明らかに私を怒らせようとしている。

 もしくは、本気で魔法を信じていない底抜けのバカであるかのどちらかだ。

 相手をするだけ時間の無駄だ。


 無駄だと分かっているのに――。


「いいでしょう。そこまでおっしゃるのなら、本物の魔法を今ここでお目にかけましょう」

 氷のように冷たい口調で、私は言った。


 リベットは片眉を上げた。

「ほう? 今、ここで?」


「私がその気になれば、この部屋を一瞬で灰に変えることもできますが?」

「そいつはご勘弁願いたいね! この部屋の敷金は高かったんだ!!」

 何が楽しいのか、リベットはヘラヘラと笑う。

「では、この葉巻に火をつけることなど、君には造作もないな?」

 そう言いながら、葉巻を口に咥える。


 舐められたものだ。


「いいえ、火炎魔法に通じた私造作もないんです。腕のない人間なら狙いを誤って、あなたの頭を吹き飛ばすでしょう」


 葉巻を口に挟んだまま、リベットは答える。

「それは楽しみだ。念のため言っておけば、この葉巻には種も仕掛けも――」


 私はリベットが言い終わるのを待たなかった。

 右手を前に突き出して、素早く「小火球」の呪文を唱える。


 大抵の人は、火炎魔法と聞いて真っ赤な炎を思い浮かべる。

 しかし、私のそれは「青」だ。

 最も低級の火炎魔法である「小火球」ですら、私の手にかかれば通常の数十倍もの高温になる。


 私の指先から放たれた青白い火球は、矢よりも速く空中を飛翔した。

 そして葉巻の先端をかすめて着火すると、そのまま暖炉の中に飛び込んだ。


 ――ボンッ!!


 暖炉に残っていた湿った薪の燃えがらが、一瞬でメラメラと炎を吹き出す。

 動物の毛の焦げる匂いがした。

 おそらく、リベットのヒゲが焼けた匂いだ。


「お見事、お見事!」


 リベットは満足げにうなずくと、美味そうに目を細めた。

 頬を膨らませて煙を吸い、じっくりと口腔内に満たす。


 暖炉の炎が、ゆらゆらと室内を照らした。

「今日はこの天気だろう? 火口ほくちも薪も湿っていて、火打石で火を起こすのは面倒でね」


「…………へ?」


「あいにく、マッチも切らしていたんだ」

「マッチ?」

「蒸気帝国で普及している着火器具だよ。まるで魔法のように火を起こせる。高度に発達した科学は魔法と区別がつかないのさ」

 リベットはゆっくりと煙を吐き出す。


 彼が何の話をしているのか、一瞬、理解できなかった。

 そしてすぐに、私は胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。


「あなたは……私がこの部屋に入って、すぐに……葉巻を手に取りましたよね?」

 怒りのあまり震える声を、必死で抑える。

「最初から私を、そのマッチとやらのように扱うつもりで――!?」


「ついでに実力も試した。感情がたかぶっているときでも冷静に魔法を使えるかどうか。アイラくん、君は優秀な魔法使いだ。……ギルドの仲介人め、なかなか良い仕事をするじゃないか」


「あ、あなたという人は! 魔法が嫌いだったはずでは? 私たちを詐欺師だと信じているんじゃなかったんですか!?」


「その質問の答えは2つある。第一に、わしが魔法を嫌いだというのは本当だ。大半の魔法を奇術だと見做していることも嘘ではない。今のアイラくんの一撃も、奇跡を信じる心などという神秘主義的スピリチュアルなメカニズムではなく、物理化学的メカニズムによるものだと考えておる。第二に、奇術や詐欺師だとわけでもない。そう考えるほうが蓋然的がいぜんてきだというだけだ」

「はい?」

「言ったはずだ。。わしは何も信じていないのだよ」

 楽しそうに言って、リベットは立ち上がった。


「では、パーティー結成記念にさっそく初仕事にかかろう! アイラくん、バスカヴィル卿という大金持ちのことはご存じかな? 町の郊外の、馬車で1日かかる場所に、大きな屋敷を持っている御仁ごじんだよ。彼から仕事の依頼が届いておる。迷宮内で探索して欲しいアイテムがあるらしい」

 ドワーフは人の話を聞かない。

「とはいえ、君に選択の余地はないと思うがね。弟くんと再会するために、一刻も早く迷宮ダンジョンに潜りたいはずだから!」


「……その気になれば、1人でも探しに行きます」


「いいや、君は賢い。そんな無謀な行為に走るほど愚かにはなれないはずだ。安心したまえ、わしの目的から外れない範囲内でなら、弟くんの探索にも手を貸そう」

 ここで断ったら、また条件の合う冒険者が見つかるまで待たなければならない。

 次は5日間では済まないかもしれない。


 私の中で、リベットの評価ははっきりと「苦手」から「嫌い」になった。


 苦々しい気持ちを噛み締めながら、私は訊く。

「目的から外れない範囲内って……。一体何なんですか、リベットさんの目的って?」


「君と同じさ」

 リベットは葉巻を咥えたままウィンクした。

迷宮ダンジョンの、謎を解くこと」


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