Case 0 最悪の出会い②
5日前の光景を思い出して、私はゾクッと身震いした。
あれは酷い戦闘だった。
「そこまで分かっているなら話が早いです。じつは――」
「申し訳ないが、人探しには付き合わんぞ!」
私のセリフを遮って、リベットは言った。
安楽椅子の向きを変えると、私の顔を見ながらドシンと座る。
「おそらく迷宮内で、自分たちでは対処しきれない魔物と出会ってしまったのだろう。逃げまどっているうちに、味方とはぐれた。アイラくんはどうにか地上に戻ってくることができたが、仲間が帰ってこなかった――。おおかた、そんなところだろう?」
正解だった。
リベットは身を乗り出す。
「いなくなったのは兄か? 姉か? その年齢で息子や娘ということはあるまい」
私は21歳だ。
「弟です。今年で18歳になります。……それも『推理』とやらで?」
「
彼はなぜか「魔法」というセリフで言いよどんだ。
「ド新人でもない限り、誰でもこの攻略法を知っている。それでも苦戦したとなれば、君は2人組のパーティーで迷宮に潜っていたと推理できる。そして経験を積んだ冒険者なら、仲間が行方不明になった程度では、そんな打ちひしがれた表情は浮かべない。帰って来なかったのは、君の血縁者である可能性が高い」
打ちひしがれた表情?
私はそんな顔をしていたのか……。
「……キース。それが弟の名前です。私たち
「お金のために?」
「いいえ、
リベットは、「ほう」と目を丸くした。
私は続けた。
「もちろん冒険者稼業は生活のためでもありました。ギルドに登録して、依頼をこなして、報酬を受け取ってきた――。それでも、そもそもこの町に来た理由は、自分の知らない世界を知りたかったからなんです」
「それが、
私はうなずく。
「一体いつから
「なるほど」
リベットは脚を組み、天井を見つめた。
「なるほど、なるほど……」
リベットはニヤリと笑った。
「アイラくん! わしは君とパーティーを組んでもいいかもしれない、という気分になってきたよ」
残念ながら、私はお断りしたい気分になりつつあった。
やはりドワーフは苦手だ。理屈っぽくて、こちらの話を聞かない。
それでも、条件のあうパーティー募集を見つけるのは簡単ではない。
今回だって、リベットを紹介されるまでに5日間も待たされた。
魔物討伐をしたいのか、それとも財宝集めや調査探索がしたいのか。どんな技能を必要としているのか――。
細かい条件をすり合わせておかないと、全滅の危険性が高まる。
「弟には、3年間もの冒険者としての経験があります。簡単に死ぬとは思えないし、おそらく、地図のない未踏エリアに迷い込んで出られなくなっているだけでしょう。そしてリベットさん、あなたは未踏エリアの探索に同行できる冒険者を募集していたはずです」
「いかにも!」
リベットはうなずく。
「私もプロです。迷宮の探索が第一、弟の手がかりを探すのは第二という優先順位をつけるくらいの分別はあります」
「そう願いたいものだね。ギルドの仲介人を信じるほかない」
「私では何か不足が?」
リベットは重々しい口調で答えた。
「不足はないが、不安がある。君が魔法使いだという点だ」
私は胸を張った。
「ご安心ください! 蘇生こそ苦手ですが、回復魔法も補助魔法も一通り使えます。とくに得意なのは火炎魔法で、私の手にかかればゾンビの群れなど一瞬で――」
「いいや、違う!」
リベットは「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら葉巻を振る。
「わしは魔法が嫌いなのだよ」
「……はあ?」
しまった。声に出して「はあ?」と言ってしまった。
魔法が嫌い?
リベットは「やれやれ」と言いたげに肩をすくめる。
「わしの故郷である『蒸気帝国』には、魔法はないし、魔物もいない」
新大陸と旧大陸の間に広がる大洋の、その北部に浮かぶドワーフたちの島国だ。
ドワーフは生まれながらに魔法が使えない。
したがって、彼らの国には魔法がない。
一体どれほど不便で貧しい生活をしていることか、魔法使いである私には想像もできない。
「わしの故郷では、代わりに『科学』という知識体系が発達しておる」
――科学?
そういえばこの部屋に入ったときに、客観的観察がどうのと言っていた。
「この町に来て5年になるが――。科学的知見から言って、わしは魔法の存在をいまだに信じられん」
「魔法を信じられないですって!? 5年も冒険者をやっているのに!?」
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