ダンジョンの町は謎だらけ

Rootport

Case 0 最悪の出会い①


 100年前――。


 新大陸の奥地に向かった開拓者たちは、「迷宮ダンジョン」を発見した。

 そこには絶滅したはずの魔物たちが巣食い、無尽蔵の金銀財宝が残されていた。

 一攫千金を夢見る冒険者たちが世界中から集まり、「迷宮ダンジョン」の周囲に住み着くようになった。


 そして生まれた町が、「迷宮都市シティ・オブ・ダンジョン」である。


   ◇


 その日は朝から霧雨だった。

 空は灰色で、湿っぽい冷たい空気が肌にまとわりつく。


 私は都市シティの北西の外れにある「パン屋通り」を歩いていた。

 2~3階建ての煉瓦レンガ造りの家屋が所狭しと立ち並び、細い路地が複雑に絡まり合っている地域だ。濡れた石畳の路面は滑りやすく、何度か転びそうになった。煉瓦は水気をたっぷり吸って、黒く変色している。かびのにおいがした。


 パン屋通り221番B号室。

 それが冒険者ギルドの仲介人から教わった住所だ。

 玄関のドアは、塗装がところどころ剥げて木目が覗いている。


謎解きの工学者ミステリー・スミス、グレン・リベット』


 ドアプレートにはそう書かれていた。どういう意味だろう?

 ともあれ、鍵はいつでも開いているはずで、ノックなしで入っても構わないとギルドの仲介人からは聞いていた。

 だから、私はそうした。


   ◇


 室内は、外よりもさらに薄ら寒かった。

 暖炉に火が入っていないからだ。

 冷え切った暖炉の前には安楽椅子が一脚。


「まったくギルドときたら、こんな魔法使いの小娘を寄越すとは……」


 安楽椅子に座っている人物が喋った。部屋の主であるグレン・リベットだ。背もたれに隠されて、姿は見えない。


 部屋は、単身者向けの下宿としては標準的な広さだろう。

 目を引くのは中央のテーブルで、ガラスのビーカーや試験管、顕微鏡が並んでいる。それだけなら錬金術師の部屋のようにも見える。

 分厚い羅紗らしゃのカーテンは開け放たれ、窓の向こうには灰色の街並みが雨に濡れていた。

 窓のすぐ横には本棚が1つ。革の背表紙の書籍とともに、黒く塗られた木箱が収められている。


「ギルドから聞いていたんですか? 私が来ることを」

 正直なところ、「小娘」という言い回しに私はちょっぴりイラッとした。

 とはいえ初対面だ。できるだけ冷静な声で尋ねる。

 顔も見ていないのに、なぜ私が魔法使いの女性だと分かったのだろう?


「聞かずとも分かるさ」

 フフフと笑いながら、相手は椅子から立ち上がった。


したまでだ」


 その身長は、ヒトでいえば十歳児ほどしかなかった。

 しかし、顔立ちは立派な中年男性だ。

 もじゃもじゃの髪の毛も、ヒゲも、燃え立つ炎のように真っ赤だった。


 白いワイシャツに、黒のスラックスをサスペンダーで釣っている。

 左目には真鍮の単眼鏡モノクル

 それだけなら紳士然として見える。

 けれど、筋骨隆々の手足が布の上からでも分かる。


 彼はドワーフだった。


 こんな寒い日なのに暖炉を焚いていないのも、おそらくドワーフだからだろう。

 彼らは極めて忍耐強い――というか、たぶん身体的刺激に鈍感な――種族なのだ。


 言いたくはないが、私はドワーフが苦手だ。


 個人差はあれど、おおむね凝り性で理屈っぽい人々だからだ。

 なかでもグレン・リベットはであることを、この後、私は嫌というほど思い知らされることになる。


 本棚に向かいながら、彼は言った。

「失礼だが、お名前をうかがっても?」

「私は、アイラ――。ストラス・アイラといいます」

「ではアイラくん、良いことを教えてあげよう。


 リベットは私をチラリと一瞥すると、本棚の黒塗りの箱を開けた。

 そして、箱の中から葉巻を一本取り出す。


「たとえば足音を聞くだけで、かなりの情報が分かる。歩くテンポから歩幅が分かるし、床のきしむ音から体重が分かる。この二つの情報から言って、訪問者の種族がヒトであることはまず間違いない。装飾品の立てる音は、女性向けの細い銀の腕輪だ」


 と、葉巻を指揮棒のようにかかげて私の手首を指し示す。


「この町は治安が悪い。近頃では人狼の被害者も後を絶たない。にもかかわらず、こんな不気味な天候の日に女性が護衛もなしに1人で歩き回るなんて……。これは、彼女が自分の戦闘能力に自信があることを示している。であれば、冒険者稼業をしていることは明白だ。さらに、君は玄関のドアをためらわずに開けた。もしも君が依頼者なら――それが迷宮探索の依頼であれ、事件捜査の依頼であれ――ドアの前で多少は逡巡しゅんじゅんするものだ。勝手に入っていいとギルドの仲介人から教わっていたのだろう。……そして、わしは1週間前からギルドにパーティメンバーの斡旋あっせんを頼んでいた」


 私は肩をすくめる。

「それじゃ、なぜ私が魔法使いだと?」


「戦士のような前衛職なら、もっと大股でノシノシと歩く。たとえ女性でもね」

「後衛職には魔法使いだけでなく、僧侶や盗賊、軽業師もいますけど」

「盗賊や軽業師? そんな運動音痴そうな足取りで?」

 リベットはクスクスと笑う。

 私が運動音痴であることは事実であるがゆえに、余計に腹が立つ。


 私の中でリベットの評価が、「苦手」から「嫌い」にランクアップしそうだ。

 とはいえ、これからパーティーを組む相手だ。

 ここは穏便に済まさなければ――。


 まるでペンを回すように、彼は葉巻をくるくると指先でもてあそんだ。

「さらに、もしも君が僧侶なら、ドアを開けた瞬間にお香の匂いがするはずだ。教会の聖職者が儀式で使うお香の匂いがね。だが、君の衣服に染み込んでいるのは……」

 リベットは目を閉じる。

 少しだけ顔を上に向けて、肉団子のような鼻をひくひくとさせる。

「……ううむ、これは魔物の吐く毒液だな? おそらくは多頭竜ハイドラだろう」


 5日前の光景を思い出して、私の背筋にゾクッと冷たいものが走った。

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