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大晦日の日のことだった。有里の実家の『しおた酒店』では、貴子のタイトルマッチに向けて横断幕の制作の真っ最中だった。店には、貴子と仲が良かった中学時代の同級生達や中学時代に貴子が所属していたバレー部の仲間達も制作に加わっていた。
「今度の対戦相手の江藤マナミ。札幌エトウジムのオーナーの娘みたいだけど、ムチャむかつくんだよ。絶対に、たかちゃんに勝ってもらいたいよ。」
と、貴子の同級生のうちの1人が言っていた。
「絶対に、たかちゃんが勝つって。以前と比べて見違えるほど強くなったんだから。試合当日には、みんなで応援に行こう。」
と有里が言うと、
「OH!」
と周りのメンバー達は口をそろえて言った。年が明けて、貴子とマナミの因縁の対決まで残り2日。元旦の寒空の下、有里達は貴子の勝利を願って神社へ初詣に行った。貴子も、試合に向けて本気モード。その日の朝のロードワークで、神社の前で試合の無事と勝利を願った。試合前日の計量では、貴子もマナミもフライ級の上限リミットの50.8kgで1発で合格した。計量の帰り、貴子は有里の家へと立ち寄った。明日の試合に向けて、中学時代の同級生達が作った横断幕を披露した。
”世界へ飛翔!!吉見貴子”
という横断幕ができあがり、試合が明日にせまった貴子の前で初お目見えとなった。
「いよいよ明日ね。試合がんばってね。」
と有里が言った。有里の2歳になる娘の里紗が奥の方からやってきて、
「たかこおねえちゃん。がんばってね。」
というメッセージを送った。
「私、がんばるよ。里紗ちゃん、もう2歳になったんだ。」
と貴子が言うと、
「うん。」
と里紗は返事をした。いよいよ試合当日。今日は美容院を休みにして、貴子の母親ののりこと弟も応援に駆けつけていた。いよいよ、今日のメインイベントとなる貴子とマナミが対戦する女子フライ級の日本タイトルマッチの出番がやってきた。貴子はスカイブルーのコスチュームで、マナミは黒のコスチュームでリングに入場した。試合開始のゴングが鳴った。貴子は試合で仮にダウンを奪われても、接近戦で打ち合う自分のボクシングに徹する決意の下、試合に挑んだ。第2ラウンド、先に動き始めたのはマナミの方だった。貴子の左ジャブからマナミの右フックが顔面にヒットした。貴子も負けずに右のボディ攻撃から左アッパーで応戦、マナミの顔面にヒットさせた。その後も、終始打ち合いの戦いとなった両者。第4ラウンドに入り、貴子の右フックがマナミの顔面にヒット、左の目じりの近くから出血。次の第5ラウンドには、マナミの左フックが貴子の顔面に当たり、右の眉の上を出血した。両者共にパンチによる出血という激しい打ち合いの勝負になり、キズが悪化した方がTKO負けとなる白熱した試合となった。終盤は手数で勝負に出た貴子だったが、ラウンドが終盤に入るにつれて、両者の出血のキズは広がり、ついには第7ラウンドに入ると、マナミがドクターチェックを受けることとなった。第7ラウンド終了後のインターバルで、貴子のサイドは、
「泣いても笑っても次のラウンドが最終ラウンドだから、今まで練習してきたことを思う存分に発揮しろ。」
と原島会長は言った。一方のマナミのサイドは、
「なにをモタモタしているんだ。次のラウンドで最後のラウンドになるから、とにかく、ここで勝負しろ。」
とマナミの父親の江藤会長からの指示があった。最終ラウンドに入り、マナミは目の色を変えたようにKOを狙ってきた。貴子は落ち着いた足取りで、着実に右フックをマナミの顔面にヒットさせた。また、マナミのキズの状態が悪化してドクターチェックが入った。しばらくたってから、試合続行不能との判断がレフェリーから下され、貴子は苦しみながらTKO勝利を決め、悲願の日本チャンピオンのベルトを奪取した。試合終了後の勝利選手インタビューでは、
「まだ高校生だった5年前にプロデビューしてから、まずは日本チャンピオンを目指してがんばってきました。客席で応援してくれたファンのみなさん。そして、私を応援してくれたファンのみなさん。おかげさまで、ここまで来れました。」
とファンにメッセージを送った。試合に勝って控室に戻った貴子の前には、かつて貴子とグローブを合わせて貴子からKO勝利を奪った有美の姿があった。あの時の試合が終わってから、貴子にとって有美は良き姉貴的存在になっていた。
「たかちゃん。日本タイトル獲得おめでとう。この春からトレーナーとして再出発することになったの。本音は現役に復帰したかったけど、医者からはボクシングを絶対にしたらいけない。と言われたもので。とにかく、私の分までがんばってね。」
とのお祝いのメッセージが送られた。
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