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「私のこと、心配してくれているんだ。とにかく、勝てるようにがんばるから。私も光良君にちょくちょくメールを送るから、光良君も私の携帯にメールを送って来てね。」

と寛子は答えた。


 有美子の2度目の防衛戦の日がやってきた。前日計量で両者共に47.6kgで一度で計量をパスした。この日はリングサイド席の後ろの方に長井まどかの姿もあった。有美子の試合のアンダーカードで寛子が出場することから、光良は家族の許可を得て1人で試合の観戦に来ていた。寛子の試合の順番がやってきて、寛子と対戦相手の真由子がリングに上がった。試合開始のゴングが鳴った。序盤は、真由子が寛子のパンチを空にきらせる作戦で距離を置いてきた。第3ラウンド、接近戦で打ち合いたい寛子は左ストレートで真由子の顔面をとらえたのをきっかけに、寛子の得意とする接近戦で打ち合うボクシングに変わった。しかし、第4ラウンド、寛子の右アッパーが真由子のアゴに当たったのと同時に寛子と真由子の頭がぶつかった。偶然のバッティングで寛子は右目の下の部分を出血してドクターチェックを受けた。第5ラウンド、光良の前でいいところを見せたい想いで戦った寛子は、キズが悪化して負傷判定になる前にカッコ良く試合を決めたい思いから右フックを出したら真由子の顔面にヒット。ダウンを奪った。真由子は立ち上がることができず10カウントを聞き、寛子が再起戦をKO勝利で決めた。試合終了後、寛子は光良に控室前の廊下に来てほしい。とメールを送った。しばらくして、光良は寛子が提示した待ち合わせ場所に来た。そこには寛子の姿があった。傷だらけになった寛子を見た光良は涙目を浮かばせながら言った。

「オレ、寛子さんのことが心配だった。寛子さんと対戦した選手。試合終了後、担架に乗せられてリングをあとにしたから。オレ、寛子さんを失いたくない!!」

しばらくして、医務室から出てきた真由子の姿を寛子が見て、

「対戦相手の選手、今回のケースは大きなケガではなかったみたいだよ。どうも、軽い脳震盪だったみたいよ。光良君、心配してくれてありがとう。試合中に出血したのはプロになって2度目。光良君、私が今日死ぬかもなんて思ってなかった?確かにボクシングは試合中の事故で死ぬこともある。看護婦という仕事柄、そのことについては嫌というくらい知っている。そこまで私のこと心配してくれたんだね。マジ、あなたが好きになったよ。」

と、寛子が光良に言うと、光良は緊張のあまり顔を真っ赤にしていた。いよいよ、タイトルマッチの順番がやってきて、有美子と翔子がリング上に入ってきた。

「赤コーナー、日本女子ミニフライ級チャンピオン 105パウンド 原島ジム所属 石本有美子」

「青コーナー 挑戦者 日本女子ミニフライ級1位 105パウンド 藤尾ジム所属 藤井翔子」

とのリングアナウンサーからのコールがあった。しばらくすると、試合開始のゴングが鳴った。有美子は翔子のカウンター攻撃を警戒しながら攻めのボクシングをした。第3ラウンド、有美子が左ストレートを出した瞬間、右アッパーのカウンター攻撃があった。しかし、落ち着いた試合運びをしていた有美子は、間一髪よけることができた。第5ラウンドには、翔子が右フックから左のボディ攻撃で攻勢に転じ、有美子は一時的にロープを揺らすシーンがあったが、第6ラウンド以降は接近戦から翔子のカウンター攻撃を封じる作戦に出た。終盤の第7ラウンドには、翔子の頭が偶然、有美子の顔面に当たって出血するハプニングもあったが、最終第8ラウンドは一進一退の攻防が繰り広げられ、試合終了のゴングが鳴った。試合の結果の行方は3人のジャッジによる判定となった。判定の結果、3人のジャッジ全員が有美子を支持、2度目の防衛に成功した。有美子のセコンドに入っていた貴子は控室に戻る途中、既に東京入りしていたマナミとすれ違った。

「今度の試合。オマエを倒す。」

と貴子に言ったマナミ。

「望むところ。以前と比べて、どれだけ強くなっているのか楽しみだわ。」

と、貴子はマナミに言い返した。家に帰った直後、貴子に1通のメールが入っていた。小学校時代からの友達の有里からだった。



 年末年始は実家へ里帰りする予定。娘の里紗も連れてくるから。そういえば、新春早々たかちゃん試合だって。それもタイトルマッチ。試合に勝って必ずベルトを持って帰ってね。当日は娘を連れて応援に行くから。


 服部有里



とのメッセージが入っていた。貴子の試合は1月3日。試合まで残り1週間ちょっとだった。

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