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この日の夕方、後楽園ホールでの試合を翌日に控えたプロボクサー達は計量検査を受けていた。試合当日はメインイベントで戦う貴子と明美の姿もあった。同じ日にアンダーカードの女子ミニフライ級6回戦を戦う谷本みどりはリミットの47.6㎏で1発で合格、メインイベントで戦う貴子と明美もフライ級のウエイトの50.8kgで1発で合格した。計量検査終了後、貴子と原島会長は、計量後は決まって行くなじみのファミリーレストランに行って、いつものようにカツカレーを注文した。店に入ってからしばらくすると、ちえみが職場の先輩と一緒に、ここの店に客として入ってきた。ちえみ達は貴子達が座っているテーブルと通路をはさんで隣の席へと座った。ちえみ達が席に座った直後だった。ちえみは貴子と目があって、

「たかちゃん、久しぶりじゃない。明日試合なんでしょ?」

と聞くと、

「そうなのよ。明日試合なんだよ。計量検査に合格して、いつものように、ここの店にやって来たん。」

と貴子は答えた。

「ここのテーブルの席、2つ空いているけど、同席する?」

と貴子が言うと、

「どうする。隣のテーブルでご一緒する?」

と、ちえみが職場の先輩に聞くと、

「そうしようか。」

と答えて、ちえみ達も貴子達と同じテーブルで食事をすることになった。店員さんがテーブルのところへやって来て、ちえみ達はハンバーグセットを注文した。メニューのオーダーが終わってからのことだった。

「明日、私の試合観に行けるの。」

と貴子がちえみに聞くと、

「たかちゃん、ごめんね。明日、仕事が入っていて観に行くことできないんだよ。山の方では、紅葉を見たくて団体さんの予約が多い時期なんだよ。明日は奥日光の方へ紅葉を見に行く団体さんからの予約が入っていて、その団体さんのガイドとして同行することになっているんだ。東京へ戻って来るのは夜9時か10時くらいになるかな。道路状況にもよるけどね。たかちゃん、試合終わったらメールを送ってきて。試合がんばってね。」

と答えた。

「ちえみちゃん、明日仕事なんだ。仕方ないね。試合勝てるようにがんばるよ。終わったらメール送るから。」

と貴子は言った。

 ついに貴子の日本タイトルマッチ挑戦を懸けた運命を左右する試合の日がやってきた。この日は貴子の対戦相手の明美の息子の幸太朗も秋季高校野球関東大会の決勝戦が行われる日でもあった。幸太朗が所属している西浜学園野球部で、この大会ではチームのエースとして準決勝までマウンドに立ち続けた谷本光は、決勝戦では監督が肩のことを気遣って6番ライトでの先発出場となっていた。光の姉のみどりも、この日はプロボクサーとしてデビュー2戦目を戦うこととなっていた。光は、プレーボールがかかる前に姉のみどりに1通のメールを送った。



 今日の試合に勝ったらチームは神宮球場での秋の全国大会に行くことができるんだ。ケガで長期戦線離脱していた石井光良先輩の年内公式戦復帰も懸かった大一番なんだよ。とにかく、年内に石井先輩と一緒に公式戦でプレーできるようにがんばるから、お姉ちゃんもボクシングの試合がんばってね。


 ひかるくん



 後楽園ホールの控室で試合の出番を待っていたみどりは弟の光からのメールのメッセージを見た。



 ワタシも試合がんばるから、いい結果を待ってるよ。


 みどりおねえちゃん



と光に返事のメールを送った。光へのメールを送ってしばらくして、みどりの出番がやって来てリングに上がった。試合は第2ラウンド開始35秒KO勝利を決めた。いよいよ、この日のメインイベントとして組まれていた貴子と明美の出番がやってきた。貴子が青コーナーから、明美が赤コーナーからのリング入場となった。しばらくして、試合開始のゴングが鳴った。第1ラウンドからリング中央で打ち合う試合となった。次の第2ラウンド、このラウンドの終了間際に貴子は明美の右フックを顔面にもらいダウンを奪われた。このラウンド終了後のインターバルで、

「あまり下手に打ち合いに出るとやられるぞ。相手は、以前世界タイトルマッチにも挑戦した経験があるだけに破壊力のあるパンチがあるから気をつけろ!!」

と原島会長が言うと、

「はい。」

と貴子は答えた。1分のインターバルが終わり、第3ラウンド開始のゴングが鳴った。貴子は、1月の日本タイトルマッチでの失敗だけはしたくないとの思いから、KOを狙って終始打ち合うボクシングをした。試合の前半は明美に押されがちで1度ダウンまで奪われた貴子だったが、後半の第5ラウンドに入ってから、41歳という年齢からか明美のスタミナが次第に落ち始めていた。

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