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「そう言えば、私達は長井まどかと対戦する可能性は極めて低いよね。私だって、フライ級で戦うのでなければ、むしろバンタム級で戦う可能性の方が高いよね。ちなみに、私はバンタム級の選手と試合した経験があるんだよ。私が以前対戦した相手で、たかちゃんが、この夏に試合した対戦相手の小笠原寛子から聞いた話だけど、長井まどか。高校時代に春高(春の高校バレーボール選手権)にレギュラーとして出場した経験があるんだってね。レシーブ専門のリベロというポジションだったと聞いたよ。彼女、高校卒業後4年間実業団チームに所属していて、Vプレミアリーグの公式戦にも出場していたんだよ。チームに入って4年目のシーズンを最後に、彼女が所属していたチームは、チームを運営していた企業の合理化計画という名目の下で休部となり、バレーボール選手としては現役引退ということとなったのだよ。今度、うちのジムに入って来た練習生も、以前はバスケをやっていたのだが、長井まどかと同じように、そのコの所属していた実業団チームも休部になったとの話なんだよ。」

と杏奈は言っていた。

 10月に入って最初の日曜日のことだった。明美は、明美のジムの後輩の寛子と共に、明美の息子の幸太朗を応援するために野球場へ行っていた。この日の試合の勝敗によっては、翌年の春のセンバツに行けるか行けないかの明暗を分ける大一番の試合でもあった。幸太朗が所属する西浜学園野球部は、秋の県大会の準決勝で惜しくも敗れてしまい、関東大会出場の残り1枠を懸けて日吉と3位決定戦を戦うこととなった。7回まで両チームのエースが好投、春樹の保育園の同僚の瑞希の息子の光良が本来つけるはずだったエースナンバーをつけて、この日も谷本光という1年生ピッチャーが先発して7回まで10個の三振を相手から奪っていた。試合は8回に入り、1アウト・ランナー1塁のところで幸太朗に打順が回ってきた。最初の2球を立て続けに見送りボール、次の3球目は打ったもののライト方向にファウルを打ち2ボール1ストライクとなった4球目だった。相手ピッチャーはキャッチャーミットを目がけてシュートを投げた。投げた球はシュートが抜けて高めに来たことから、幸太朗はフルスイングでバットを振りぬいた。幸太朗のバットはボールをとらえ、センター方向へと打球が飛んだ。打球はスタンドにまでは届かなかったが、ライトとセンターの外野手の間を抜けてフェンスへ到達、1塁ランナーは一気にホームへと駆け抜けた。打った幸太朗は2塁ベースまで走り、2塁ベース上でベンチに向かって大きくガッツポーズをした。試合は先発投手の谷本光が14個の三振を奪い1-0で完封勝利となり、関東大会進出を決めた。試合終了後、野球場の出入口付近で明美と寛子は西浜学園野球部のメンバー達を待っていたら、しばらくして奥の方から彼らはやって来た。明美は幸太朗のところに近づいて、

「幸太朗、8回のツーベース。ナイスバッティングだったよ。」

と言った。幸太朗は黙って野球部のメンバー達と一緒に歩いていた。西浜学園野球部のメンバーと共に制服姿で一緒に歩いていた光良の姿を見た寛子は光良と目があって、

「寛子さん。今日観に来ていたんだ。」

と明美と一緒にいた寛子に声をかけた。

「野球部のみんなは1日も早く俺と一緒に公式戦でプレーしたくて、一丸になって戦っているんだよ。来月に入ったら、医者から通常メニューでの練習に復帰してもいいし、試合にも復帰していいという検査結果が出たんだ。監督からも、このまま勝ち上がって明治神宮大会まで行ければ、そこで選手登録するつもりだから。とのことなんで。」

と光良は寛子に報告した。

「良かったじゃない。早く光良君のユニフォーム姿見たいから。その時は、仕事が入っていなければ観に行くからね。その時はメール入れてね。」

「わかったよ。その時は寛子さんに報告するから。」

「昨日、ジムに練習に行ったら、会長の方から年末年始あたりをメドに試合をする予定だから。との話があったんだ。対戦相手や日程については、まだ決まっていないけど、正式な日程と対戦相手が決まったら、光良君に報告するからね。」

「寛子さんもボクシングがんばってね。オレも野球がんばるから。」

「光良君は甲子園、私は世界チャンピオンを目指して、お互いにがんばろうね。」

と、寛子と光良は、それぞれの目標に向かってがんばることを約束した。その直後に寛子は時計を見て、

「あっ、夕方から仕事なんだ。じゃあ、これから仕事に行くので、光良君。また、どこかで会える機会があったら会おうね。」

と光良に言って、寛子は野球場をあとにした。

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