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それから2週間後、光良の病室には、同じ野球部に所属している仲間達やクラスメイト達が毎日のように見舞いにやって来た。光良の症状はかなり良くなって、あと3日から4日くらいで退院というところまで回復していた。そんな中、光良の病室に1人の美人看護婦が入ってきた。

「かなり良くなったみたいね。へぇー。光良君、野球やっているの。」

と、西浜学園高校野球部のメンバー達が光良の回復を願う寄せ書きのところに看護婦は目をやった。

「私も、ここの卒業生なの。三井先生知ってるよね。」

と看護婦さんが聞くと、

「知ってるよ。」

と光良は答えた。

「実は私。三井先生と同級生なの。スポーツはケガがつきものだよね。光良君のケガは、命に関わる大ケガだったみたいだけど、本当にここまで回復して良かったよね。私だって、いつ、こんな大ケガを負うかわからない身だから。」

と看護婦さんが言うと、

「看護婦さん、もしかして、なにかスポーツやっているの。」

と光良が聞くと、

「実は私、プロボクサーなの。3週間後に試合をする予定になっているの。」

と看護婦さんはプロボクシングのイベントの入場券を白衣のポケットから取り出した。

「もしかして、あなたが小笠原寛子さんなの。見た目から考えるとボクシングをしているようには見えないけど。」

と光良が聞くと、

「そうよ。私がプロボクサーの小笠原寛子よ。もし時間が許せるようだったら応援に来てね。」

と、光良にボクシングの試合の入場券を手渡した。しばらくして、光良の病室に光良の高校の野球部の監督が入ってきた。

「平田勝彦先生、久しぶりです。」

と寛子が言った。

「ここで働いているんだ小笠原。10年前にオレ英語教えたんや。」

と平田は答えた。寛子が時計を見て、

「あっ、次の患者さんが待っているので行かなきゃ。」

と言って光良の病室をあとにした。

 それから3日後。ついに、光良の退院の日がやってきた。この日、病院のロビーで寛子は光良と偶然にもバッタリ会うこととなった。

「光良君。甲子園を目指してがんばってね。私も試合がんばるから。」

とのメッセージを送った。光良の退院から2週間後、寛子と貴子の試合の当日、野球部の練習が休みだったため光良は兄と共に寛子の試合の観戦にやって来ていた。光良達が所属している西浜学園野球部の夏の甲子園神奈川大会初戦で、いきなり昨年の準優勝校で今大会のシード校の三崎学院に1-3で敗れてしまい、3年生達にとっては高校生活最後の公式戦が終わったばかりだった。エースの光良の代わりに2年後のエース候補で背番号20の谷本光という1年生投手が力投したものの、相手投手から1点しか取れずに惜敗してしまったばかりだった。この日のイベントには、光の姉のみどりのデビュー戦も予定されていたため、西浜学園高校の一部の生徒達も応援に駆けつけていた。この日のイベントでは10試合が組まれていて、その中の6試合目の女子ミニフライ級6回戦でみどりが登場した。対戦相手は、6戦して5勝(3KO)の選手だったが、2ラウンドTKOで勝ち、みどりはアマチュア大会での優勝経験を持った実力を思う存分に発揮した。いよいよ、この日のメインイベントの女子フライ級8回戦を戦う貴子と寛子の出番がやってきた。貴子の側の控室では、

「今日の試合は、お前より格下の相手だから、しっかりと白星取ろうな。」

と原島会長から言われた。一方の寛子も、以前日本タイトルマッチに挑戦した貴子を相手に勝って、憧れのタイトルマッチのリングへ進みたいと夢を膨らませていた。貴子と寛子がリングに入場した。

「赤コーナー。112パウンド。日本女子フライ級3位。原島ジム所属。吉見貴子。」

「青コーナー。112パウンド。日本女子フライ級10位。西尾ジム所属。小笠原寛子。」

とのリングアナウンサーからのコールがあった。貴子と寛子はレフェリーからリング中央に呼ばれて試合をする上での注意を受けた後にグローブを合わせた。試合が始まった。第1ラウンド開始早々から試合は貴子のペースとなった。第3ラウンド、寛子が左ストレートを出した瞬間のスキを見た貴子は低い姿勢から右アッパーを顔面にヒットさせた。貴子は寛子からダウンを奪った。この日の試合は、今までの東京で行われた試合とは違い、貴子にとっては完全アウェー状態だった。客席からは”ヒロコ”コールがやまなかった。ここの場面では寛子は立ち上がり試合が再開された。次の第4ラウンド開始早々にも貴子は寛子からダウンを奪い、勝ちをより一層たぐり寄せる試合展開になった。このラウンドが始まって1分10秒を経過した頃だった。貴子の右フックが寛子の顔面にヒット。寛子をマットに沈めた。試合終了後、寛子はしばらく立ち上がることができなかったが、しばらくしてようやく自力で立ち上がった。

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