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　タイトルマッチに挑戦したものの敗れてしまった貴子は、３月に行われる同門の男子ボクサーの宮沢の初防衛戦のセコンドにつくこととなった。宮沢の対戦相手として決まった野中薫は高校時代にインターハイで優勝した強豪。プロを目指すため札幌エトウジムへと入門した。札幌エトウジムといえば、以前貴子とグローブを合わせたライバルのマナミが所属しているジムだ。この日のアンダーカードには、マナミの姉の江藤ミナコ（本名は江藤美奈子）とミナコと同じようにライト級で世界チャンピオンを目指す雷神キスギとの対戦の女子ライト級８回戦が組まれていた。宮沢の防衛戦の当日、貴子はアンダーカードの女子ライト級８回戦を客席の後方から観ることにした。試合の方は、ミナコがまさかの苦戦となっていた。接近戦で戦うことを得意とする雷神キスギが終始試合のペースを握ったが、終盤にミナコが反撃。最終ラウンドには雷神キスギを追い込み一気に揺さぶりをかけて判定ドローに持ちこんだ。１月に行われたタイトルマッチの試合で敗れて、一度は自信を失いかけていた貴子にとってはいい刺激となったはずだ。いよいよ宮沢の初防衛戦のリング入場が近づいてきた。宮沢と野中のタイトルマッチの出番がやってきて両者がリングに入場した。リング入場後、レフェリーから試合をする上での注意を受けた後、２人はグローブを合わせた。試合開始のゴングが鳴った。序盤から宮沢は苦戦することとなった。野中の足を使ったアウトスタイルのボクシングに振り回された。第２ラウンド、宮沢が右フックを野中の顔面にヒットさせたら、野中の左アッパーが逆に宮沢のアゴをとらえてダウンを奪われた。１度は立ち上がった宮沢だったが、野中の鋭い右ストレートが再び宮沢の顔面をとらえて最後はロープへと詰められレフェリーストップとなってしまった。試合から数日後、ＴＫＯ負けした宮沢にショックが走った。左目に網膜剥離が見つかり、コミッションから引退勧告が出された。宮沢は引退を決断。リングを去ることとなった。貴子にとって、宮沢は彼女（たかこ）の同級生の宮沢の兄だったためにショックも大きかった。だから、宮沢の引退が貴子の闘志に火をつけることともなったのだ。宮沢が引退してから２週間後、貴子の試合の対戦相手が決まったため、原島会長がジムに来たばかりの貴子に報告した。

「次の試合の対戦相手、小笠原寛子に決まったよ。試合は２か月半後に東京・後楽園ホールで、この日のメインイベントの８回戦で行うから。」

「ありがとうございます。」

と貴子は言った。

　一方、ちょうど同じ時期、春季高校野球の神奈川県大会が行われていた。西浜学園は３月に開催された１次グループリーグを勝ち上がって決勝トーナメントに進出。ベスト16進出を懸けての決勝トーナメント３回戦で夏の地方大会シード権を懸けた金沢学院戦、６回表の西浜学園の守備の場面で、相手バッターの打球がエースの石井光良の頭部に直撃。救急車で病院へ運ばれるアクシデントがあった。丸１晩昏睡状態で命も危ない状況だったが、翌朝、光良の意識が回復した。しばらくは入院生活をしなければいけなくなった。その日の夕方、光良が所属する西浜学園高校野球部のメンバー達が病院へと見舞いにやって来たが、最初の３日間はＩＣＵ（集中治療室）での療養となったため面会謝絶となっていた。光良は、春樹が勤めている保育園の同僚の石井瑞希の息子さんで、園長先生を除けば極楽寺保育園の保育士の中では最年長の保育士なのだ。野球の試合中の事故があってからの最初の３日間は、息子に付きっきりだったため、春樹は瑞希のいない４歳児クラスのうさぎ組の子供達の世話のほとんどの部分を１人でこなさなければいけなかった。息子の事故から４日後。息子の容態がよくなったことから一般病棟へと移され、瑞希も久々に職場へと戻ってきた。

「息子さん、一般病棟に移されたんだってね。夏の甲子園大会の予選には間に合うの？」

と春樹が聞くと、

「今年の夏の大会は、ケガの状態が思わしくないので無理とのことを病院の先生から言われた。それに光良は２年生だから、まだ来年の春のセンバツや夏の甲子園大会もあるから、とにかく夏の間は安静にしろとのことだったので。」

と瑞希は答えた。