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数日後、貴子の部屋にその時買ったエアコンが取り付けられた。試合の日の5日ほど前、杏奈が貴子の家へと遊びに来た。ちょうど、その日は杏奈の仕事が休みだったことから貴子の部屋に取り付けられたエアコンを見るためにやって来たのだった。

「エアコンの効きはどう。涼しい。」

と杏奈が聞くと、

「涼しいよ。外は本当に暑いよね。」

と貴子は言った。

「話、聞いたよ。たかちゃんがボクシングを始めたきっかけ。以前付き合っていた彼氏に二股をかけられたことが原因だってね。」

と杏奈が言うと、

「確かにそうよ。」

と貴子は答えた。

「だけど、私もたかちゃんの気持ち、わかるんだよね。実は私も以前付き合っていた彼氏との男女間の問題が原因でボクシングを始めたの。私の場合は、たかちゃんとは違って一度は結婚するつもりで同棲生活も送った。しかし、彼氏との同棲生活が始まると態度は急変。私の居場所や人間関係のことまで細かく聞いてきて、しまいには私に度々暴力を振るった。あまりにもひどいので、その当時プロキックボクサーとしてデビューしたばかりの高校時代の友人の愛梨に相談して今の場所に引っ越して来たんだ。しばらくは、付き合っていた彼氏がしつこく付きまとってきたけど、警察に訴える。と言っても付きまとい続けて、最終的には愛梨がぶっ飛ばしたくらい。ちょうど同じ時期にアメリカの方で男子プロボクサーと女子プロボクサーとが試合をして女子プロボクサーが勝ったとのニュースを新聞で見た。彼女もDV(ドメスティックバイオレンス)がきっかけでプロボクサーになったとの話が記事になっていた。強くなりたい。そんな気持ちで、この世界へと足を踏み入れたの。」

と杏奈が言った。

「ハッキリ言って以前杏奈が付き合っていた彼氏、許せない。ぶちのめしてやりたいくらい。」

と貴子は杏奈に同情した。

「試合は5日後ね。お互いにライバル同士。精一杯がんばろうね。友達だからって、容赦しないわよ。」

と杏奈は言った。

 試合前日の計量日。貴子と杏奈の計量検査が行われて2人共計量体重でフライ級のリミットいっぱいの50.8kgで一発で合格した。計量が終わった帰りに杏奈の勤務先の家電量販店に行き、ウォークマンの電池が切れていたので単三型の電池4コ1組を購入した。試合当日、貴子と同じジムに所属している有美子がアンダーカードに出場して、1ラウンドKOで勝った。次は、ついにタイトルマッチ挑戦というチャンスまで手に入れた。それから、しばらく経って貴子と杏奈の試合の順番がやってきた。貴子と杏奈の順番でリングに入場。それぞれのコーナーに分かれて試合開始のゴングを待つことになった。ちなみに、この試合は杏奈が赤コーナーから青のスポーツブラと青のトランクスで登場した。一方の貴子は青コーナーからの登場で、この試合から黄色のスポーツブラに白のトランクス。トランクスの下の部分には、貴子の家の家業の『美容室NOKKO』の広告が入ったリングコスチュームだった。試合開始のゴングが鳴った。試合は貴子のペースでスタートした。試合開始直後からノーガードの打ち合いとなった。第3ラウンドに入り、先に相手の顔面にパンチをクリンヒットさせたのはライバルの杏奈だった。ここの場面では一時的に動きが止まり、ロープを背負う場面もあったが、中盤の第5ラウンドには一気に逆襲をかけ、杏奈の右ストレートが出たスキを見て、貴子の左アッパーがアゴに直撃したが、杏奈はしぶとく右のボディーブローで応戦し続けた。次の第6ラウンド、またも貴子は杏奈にロープ際へ押し込まれそうになった瞬間、貴子の左フックが杏奈の顔面にヒットした。杏奈の眉の上から血が出始めた。出血直後、レフェリーは試合を止めてコミッションドクターによる杏奈のキズの検査が行われて、試合が再開された。このラウンド終了後のインターバルで、

「この調子で最終ラウンドまで戦っていけば勝てる。」

と貴子の側のセコンドが言ったのに対し、一方の杏奈のサイドは、

「キズの状態はどうなんだ。この状況だったら、キズが悪化するとTKO負けだな。次のラウンドから一気に勝負に行かないとレフェリーストップもあり得るな。」

と大西会長はあせりがちだった。次のラウンドが始まって杏奈が一気に貴子を倒しに勝負をかけて来た。貴子にとっては、この試合はできればKO勝ちを決めたい思いから相手の攻撃に対して終始応戦した。このラウンドの終了間際に杏奈の顔面に右フックがヒットして、以前よりもキズが開いた。最終第8ラウンドが始まる前のインターバルで杏奈のサイドは、

「最後まであきらめずに倒しに行くぞ。」

と大西会長に言われた。

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