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3日後、貴子は有美の防衛戦を観に行くために後楽園ホールに行った。貴子が客席に着いた時、ちょうど有美と対戦相手の紗理奈がリングに入場して、試合が間もなく始まろうとしていた。試合開始のゴングが鳴った。序盤から激しく打ち合う試合となった。中盤の第4ラウンドに入っても、戦いは一向に変わらず、打ち合いの戦いになり、有美は今までにない形の苦しい試合展開となった。試合は終盤になっても、同じような試合展開が続き、最終第8ラウンドに突入した。終始、両者共にノーガードで打ち合った試合は最終的に判定で勝敗を決める形となった。結果は、挑戦者の藤田紗理奈がポイント3-0の判定で勝利を決め、有美は日本チャンピオンのベルトを手放すこととなった。その日のイベントが終わって、貴子が家路に向かって帰ろうとした時、会場の前に救急車が止まって騒がしくなっていた。どうして会場の前に救急車が止まっていたのか、貴子はその理由については、この場面では知る予知もなかった。翌日、貴子が原島ジムに練習に出たら、ジムの練習生達が昨日のことについての話をしていた。

「昨日行われた試合で戦った武田有美。控室に戻った直後に意識を失って救急車で病院に運ばれたみたいなんだ。」

との話を耳にした。それから1カ月後、有美が命を取り止めたとの情報が入って来た。それと同時に、試合中に負ったケガが原因で現役を引退するとのニュースも飛び込んできた。有美が負ったケガは、急性硬膜下血腫だった。症状によっては死ぬことだってある大きなケガだったのだ。一晩の間、昏睡状態にあったとのことだったので、かなりヤバかったみたいだ。数日後、貴子は原島ジムに練習に出たら、貴子の復帰戦の対戦相手が決まったことを知らせに原島会長が会長室から出て来た。

「たかちゃん。次の試合の対戦相手は大久保杏奈に決まったよ。試合は7月31日に東京・後楽園ホール、フライ級8回戦で。」

と言われた。試合日まで残り2週間くらいになった頃、貴子は友達から有美の入院先の病院の場所を教えてもらい、有美を見舞いに行くため入院先の東京の病院へと行った。もう既に、有美はICU(集中治療室)から一般病棟へと移っており、近々退院するところまで症状は回復していた。病室に入ると、

「あっ、たかちゃんじゃない。私の入院先。よくわかったよね。」

と、有美が出迎えてくれた。

「病院の場所、友達から教えてもらった。現役を引退するって本当なの。」

と貴子が聞くと、

「それ本当なの。ケガの回復状態が良かったから、普段通りの生活には戻れるけど、ボクシングをすることについては医者から固く止められてしまった。できれば、現役を続けたかった。また、同じケガが再発した時には命の保証はない。とまでお医者さんに言われてしまった。」

と有美は引退を余儀なくされたことを悔しがった。貴子は病院からの帰り道に、今までもらったファイトマネーを貯めていた関係から、そのうちの一部のお金で自分の部屋に付けるエアコンを買うため家電量販店へと足を運んだ。お店の中でエアコンの取付と配達のことについての伝票を書いてもらっている最中のことだった。伝票を書いていた女性従業員が貴子を見て、

「もしかして、吉見貴子さんってことは、もしかして、プロボクサーの吉見貴子さんですか。」

と聞かれた。

「はい。そうですけど。」

と貴子は答えた。女性従業員の名札を見ると、名札には大久保と書かれていた。

「お久しぶりです。以前、綾香さんとシェアハウスで会ったことありましたよね。」

と聞かれて、

「はい。ということは、次の試合の対戦相手の大久保杏奈さん。」

と貴子は答えた。

「今度、吉見さんと対戦することになりました大久保杏奈です。偶然です。よろしくお願いします。」

と杏奈は貴子にあいさつをした。取引が終わり、貴子がお店をあとにする時、

「ありがとうございました。」

と杏奈が会釈していた。

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