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第31話


 プロボクサーになって初めて試合に敗れた貴子は、傷心からしばらくジムでの練習を休んでいた。そんな中、貴子のいとこのちえみから一通のメールが入ってきた。



 たかちゃん。試合負けちゃったんだってね。残念だった。翌日のスポーツ新聞を見たらKO負けだったのでビックリした。当日はバスガイドの仕事があって観戦に行くことが出来なかった。今回、たかちゃんが対戦した武田有美。メチャ人気があって、メチャ強いんだってね。その武田有美、実はボクサーになる前はタレントだったとのことで、この日、たかちゃんが出場した試合、TV中継されていたんだってね。だから、DVDに録って後で観たよ。今回戦った相手、マジ強かったと思うよ。次はタイトルマッチみたい。こんな強い相手と戦えて、たかちゃん光栄だったと思うよ。今回は、こんな結果だったけど、再起することを願って応援するから。チャンピオン目指してがんばって!!


 CHIEMI



とのメッセージが入っていた。貴子は悩んで悩んだ末、再起する決意を決めた。決意を決めた直後、貴子は、ちえみに一通のメールを送信した。



 ちえみ。私、悩んだ末、再起戦を戦うことにした。明日からジムの練習に出るから。とにかく、チャンピオンを目指してがんばる。たまには、うちにも遊びに来てね。


 たかこ



 メールを送り終えると、久しぶりに貴子は原島ジムに練習に行った。ジムに行ったら、貴子と同じジムに所属している有美子のデビュー戦が12月25日に行われることが決まっていた。ジムに到着すると、原島会長から、

「貴子。石本有美子のデビュー戦のセコンドに入れ。」

と言われた。有美子のデビュー戦当日。有美子はリング入場後に、同級生の春樹から花束を渡された。試合が始まった。開始1分19秒に相手をKOする鮮烈なデビューとなった。正月前の、ある日のこと、貴子の自宅の美容院に1人の女性がやって来た。

「ショートにしてくれる。」

という注文だった。髪をカット中に、ひょんなことから貴子のボクシングのことについての話へと変わった。この日は大晦日で特に忙しく、貴子も店の手伝いをしていた。ちなみに、このお客さんのカットは、あまりヘアカットの経験が少なかった貴子がやっていた。

「あなたが吉見貴子さんね。話は聞いているよ。前回戦った相手の武田有美。マジ強かったとの話。3月に日本タイトルマッチを戦うことが決まったんだよ。今までフライ級の日本タイトルを持っていた三浦麗香は世界タイトルマッチ挑戦を目指してタイトルを返上したことに伴うタイトルマッチなんだけど、仮に、彼女が返上しなかったとしても、武田有美は挑戦者としてタイトルマッチを戦うことになったと思うよ。一度や二度の負けにくよくよしないで、がんばりーや。」

と、客としてやって来た女性は、貴子を激励した。ジムの練習には、ずっと、麗香が出ていたことは貴子は知っていたけれど、日本チャンピオンを返上したということは、貴子にとっては初耳だった。年明けに、貴子がジムに練習に行ったら、麗香が5月に世界タイトルマッチに向けての前哨戦となる試合が後楽園ホールで行われることが正式に決まったとの話があった。貴子も、原島会長から呼ばれて、

「4月の再起戦へ向けて、練習始めようか。」

と言われた。貴子にとっては、秋の有美との試合は、プロ入りして初めて負けた試合だった。それも、屈辱的なKO負けだっただけに、また、試合をさせてもらえるということは、ボクサーの貴子にとって、非常にうれしい出来事でもあった。年が明けてからも、有美子の快進撃は続いた。1月半ばに行われた試合では2ラウンドKO勝ち。2月末に行われた試合でも2ラウンドレフェリーストップのTKO勝利と破竹の勢いで白星を積み重ねた。有美子のデビュー3戦目でも1ラウンドKO勝ちをおさめた。有美子のデビュー3戦目が行われた日のメインイベントで出場した宮沢も、ウエルター級10回戦で3ラウンドKO勝ちを決めた。ランキングの方も2位にまで押し上げて、タイトルマッチ挑戦も時間の問題という活躍だった。4月に入ってからの、ある日のことだった。貴子がジムへ練習に行ったら、年末に貴子の家の美容院に客としてやって来た女性の姿があった。会長室から原島会長が出てきて、

「彼女が今度の対戦相手の中本ミノリ。石田理恵子がチャンピオンになる前の日本女子フライ級チャンピオンだ。」

と原島会長から紹介された。

「以前、年末に一度あなたの自宅の美容院で客として行った時に会っているので、今回が二度目だけど、今度、吉見貴子さんと対戦することになりました中本ミノリです。よろしくね。」

貴子とミノリの2人はガッチリと握手を交わした。

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